スーパーカブと亀の子たわし 小母さんそれは幾らなんでも・・
なんとも驚くと言うのはあちこち転がっておりますもので、己が体験しておりませんでも人様が見聞きした中にも大層驚くことがあるものです。
年明け、どうにも髪の毛を始末せんことには後ろ髪が五月蝿くてかなわない、髪の毛の始末ばかりのところに足を引っ張る爺は出る、竹の伐り出しから若い衆の面倒とめまぐるしい中、ようやくの事で飛び込んだのは安原さんの店です。
安原さんは親子2代の散髪屋さん、釣り好きの親父さんは散髪に行くたびにすぐには帰してくれません。
最初の頃は散髪の後、あそこが釣れる 何の餌で、だれそれは大物をなどと さして代わり栄のしない話で足止めを喰らいます。
そりゃあそうです、昔から散髪屋さんと言えば人だまりのするところで情報の集積場であって、その受け渡し場でも有るのですから親父さんが情報の収集に余念が無いのは正しい業務遂行だといわねばなりません。
親父さん、散髪の後で帰りたいそぶりの浪士に気を使ったのか、最近では髪を刈る手を緩めてやけに時間をかけた整髪を行います。
散髪の後の事情聴取が短くなるのは結構な事だが、どうも釈然としない。
今は主に息子さんが店に立つ事が多いのだが、これまた親譲り秘伝 情報の受け渡しに余念がありません。
息子のほうは釣りはいたしませんで、もっぱら何が嬉しいのかスーパーカブを分解しては組み立てる、たまに同好の輩と遠出をするのが趣味で御座います。
まるで賽の河原で石を積む様な事を趣味にしておるのです。
福山市内にはスーパーカブだけのクラブが有りまして、「株主」ならぬ I AM CUBNUSHI 「カブヌシ」と称して、徒党を組んでは疾走する集団が有ります。
「もしやあんたはあのカブヌシかい・・?」と問いただすとどうやら別の一党らしく、
地味に疾走するいたって穏やかな集団らしいのです。
「スーパーカブはえっと形も変わらんし、壊れにくいし燃費もええし、此れぐりゃぁヒット商品も無いでのぉ」
「ほんまめげんのう(壊れんのう)」
「燃料もオイルもないでも走るんと違うか?」
「ほんま、形もえっと変わらんし、スーパーカブと亀の子たわしはこう言うのを名品言うんじゃなあ」
とまあとりとめも無く、ゆるいやり取りをしておりますと「ああ、そうそう」と二代目が取って置きを繰り出して参ります。
「自転車屋の貝さんがこにゃあだ店に来ての、カブを一台売ったんじゃそうな、それも5年前で・・」
ここら辺りで親父譲りの遅延行為が始まって、髪を刈るより話を伝えることがおもな仕事に成って参ります。
その手の止まり具合から、話の大きさを推測するにこれは大物の気配がいたします。
「貝さんから5年前カブを買ったのは近所の小母さんで、200Mばっかり離れた畑に通うのに使うとったらしいんじゃ。その小母さんがカブが急に動かんようになった、見てくれゆうて店に来たんじゃそうな」
「又 買うてもらわにゃあいけんので点検したが、オイルも綺麗じゃし何処も悪くない、もしやと思うて燃料を見たらガス欠だったんじゃそうな」
「走行距離を見て貝さんはたまげた、早速修理が終わったと言うか動くようになったのでおばさんに尋ねたんじゃそうな」
「おばさん動くようになったで、ところで燃料は何時入れんさった・・?」
「買うた時満タンにしたきり・・・」
貝さんは又買ってもらわねばと1リットルのガソリン代と手間代で200円貰ったんだそうだが、散髪に来て今度は何時買ってもらえる時期が来るのかと思い当たって、まだこれから刈るであろう頭を抱えたんだそうだ。
おばさんも深刻だったろうし、貝さんも深刻だ。深刻で無く面白がるのは外野の散髪屋と浪士ということになって、面白ついで・・
口から唾を飛ばしながら喋る二代目は、このまま代金を払わず刈り逃げしてやっても気付くまいとは思ったのだが近所の事だ、仕方なく払ってやった。