釣り場で起きた涙の入水 その時彼らの胸中に去来するものは その3
春もようよう白うなり行く、季節が活動的になると、それは沢山のファミリーフィッシングのやからが沸いてきます。 「釣り」、でもやって見ようか。それはそれで大変結構なことで御座います。どちらさんも夢を見られるることにはやぶさかでは有りませんのでね。ところがどっこい釣りといいますものは簡単に堅気の衆の手に負えるような代物では大概の場合ありません。大概といいますのはまかり間違って大物が堅気の衆の餌に食いつくことがあるからです。喜んであげればよいのやら、気の毒に思ってあげればよいのやら、どうにも複雑な気持ちになります。
大物を釣り上げすっかりその気になって、「私の趣味は釣りです」と次の日から言いかねないのが、素人。それから、行けども行けども釣れない日々の繰り返し。悪魔の趣味の始まりです。神様も罪な手慰みをなさるものです。そこへ行くと他人に釣られた大物を横目に釣れなかった人。これは二手に分かれますな。一方は自分の才能のなさを悟り、さっさと他の楽しみに走る。もう一方は、あいつに釣れてどうして自分に釣れぬと工夫を始める人。後者のほうが後々喜ばしいことになるような気がします。
今日も来ました今日も来た。 筏の上はコケの生えた釣り師から体力勝負の若い衆、釣り雑誌を読みながらの書生風釣り師と多様な釣り師でにぎわいます。
「おう、船頭が客を運んできたぞ、随分遅い出勤じゃなあ・・」 船頭が運んできたお客はどっからどうみてもど素人のど堅気。それもご夫婦と来た。どうも今までは波止で釣っていた人のようだ。波止での思わしくない釣りに見切りをつけ、金を払って筏に行けば釣れるに違いないと企てたに違いない。道具立てがしっかり物語っている。プロファイリングによると、腕はない、何回かはいい目をしてちょっとのめりこみの入口、とって付けた様な、ワゴンセールの道具ではない、かといって釣りがわかった人の道具ではない。こどもは手が離れている、釣り始めの段取りがスムーズな
のは何回も二人で釣りをした経験があるから。 おおここは他人の詮索をするところではない、釣り・釣り・・
釣り場に着くとまず面子。釣座から腕のよしあしの配列で当日の釣りの組立が決まってくる。瞬時に、値踏みはするものである。まったく釣れない初心者には親切に、手ほどきから、魚のおすそ分けまでなかなか大変なのである。
「奥さん、その仕掛じゃあメバルは釣れんわ、この仕掛で、この筏の端から4~5Mのところを狙い・・」あまりの頓珍漢な釣りに、こちらが業を煮やし手出し口だし。 釣ってもらって、悪魔の趣味の同好者を増やさねば。
「奥さん、メバルは根のあるところに居るんで根掛りするよ」
これが、涙の悲劇につながるとは誰も知る由はなかった。
突然、 「どぼん」の静寂を破る音と共に、背中に走る辻斬りにあったような衝撃。すわ一大事、ついにミサイル撃って来よったか。慌て周り見渡すが「おや?」平穏。筏にあがった連中がこちらを見ているだけ。
よくよく見渡したところ、件の奥さんがなんと海中に。ははあ、背中の衝撃は奥さんの立てた水しぶきか。 さて助けねば成るまい。海中を見ると奥さんの頭は5~60センチばっかり、水の中、 「こりゃあこのまま沈むな」と思っていたところ、そこはそれ、中年脂肪浮力の威力や絶大なものがあって、不気味にゆらゆらと浮上してくるではないか。
メバルに根に持っていかれて根掛り、力任せに竿をあおったところラインブレイクで見事 入水 。 あまりに突然のことでなにがなにやらわからぬまま声も立てずに・・・・・・・ 「私になにが起こったの?」 「もしかして不幸になるのかしら?」 わけもわからず海中に。 「あっ! 私 海に落ちたんだわ! 大変、精一杯もがかなきゃ」海面に首を出した奥さんはようやく事態を悟り、恐怖の雰囲気が盛り上がってきたようです。ぽかんとした顔から恐怖に引きつった夜叉の顔に。 「ぎゃーーー」 ずいぶん間延びした間合いで奥さんは悲鳴を上げました。
そりゃあ私くし一人の非力な力では、持ち上がるものではありません、何しろ敵は名うての パニクった お ば さ ん なのですから。ご主人と助け揚げながら私は思わず口走ってしまいました。
「ご主人、奥さん保険はいっとるん?」
この素人夫婦に釣れる様な、人間の出来た魚は居る筈もない事でした。
おのおの方くれぐれも保険に入られい。