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備後「あこう浪士」  釣り場の周辺

  釣り場は釣り師の巻き起こす喜怒哀楽に満ち満ちて・・・  さて 事件は釣り場の周辺で起こってまいります!

釣れなくても海に糸を垂れているだけでいい  そんなこたあない!

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 そんなこたあ間違っても御座いませんですよ。

 

 どちら様も魚が釣れなかったときの言い訳に予防線を張られているだけです。

永年この渡世を張っておりますと、この手合い、散々見てまいりました。

 

  釣れなくていいなら、別段竿を出す必要などありません。 海辺に椅子を置けばいいだけの話です。心のどこかに負けたくない、恥をかきたくないの気持ちがあるんですねきっと。案外負けん気の強い人かもしれません。

 

 さてこの中途半端な哲学者の竿に魚がかかったらどうなるか。私ら一般的な、ごく常識的な考え方でいきますと、そこは悠然と悟りを持って対処するものと思います。

 

 なんのなんの、じつに無様なもので御座いますよ。人間こうまでさらけ出してよいのかと思うくらい本性丸出しと相成ってまいります。予期せぬ想定外のことが起こって対処の仕方が分からないとき、見ているこちらが理解に苦しむような行動に走る方がおりますな。

 

 弁当を使っているとき、神様にいたずらされた人など、ばたばたうろたえながらも握り飯を離しませんでしたから。その上慌てた風で時折握り飯を口にほうばっておりましたから、余程の未知との遭遇だったのでしょう。結局は途中でばらしたのですが、唖然として心残り、未練たっぷりの顔つきで御座いましたなあ。もちろん、握り飯は、握り締めておりました。

 

 この人あの手ごたえが当分のこるでしょうなあ。 こうやって悪魔の趣味に取り込まれてゆくのです。 ねえ・・・・ほんとに・・

 

 この他どの様な人があったかというと、鶏の首を締め上げたような、奇声を発した人がありましたなあ。    わたしゃ何にもしてません、無実ですと周りを見渡しましたがな。声を出すにもちったあ人に気を使ってほしいものです。

 

 一番悲劇的だったのは、やたら動き回って人の竿と、弁当を踏んだ人。踏まれた側の人が怒っているのに最後まで釣り上げましたから、都合のいいやつの烙印をしっかり押されてました。哲学者がこのざまですから、人のうわべの言葉など決して信用してはならないことです。

 

 最初は処女のごとく、最後は脱兎のごとく、あまり世間様にみっともない振る舞いはさらけたく無いものです。正直に等身大の自分をさらけたら楽なのにね。

 

 

 

 写真の花は最近やたら見かけるのだが? コスモスの一種かねえ?こんな色はかってあったのでしょうか。