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備後「あこう浪士」  釣り場の周辺

  釣り場は釣り師の巻き起こす喜怒哀楽に満ち満ちて・・・  さて 事件は釣り場の周辺で起こってまいります!

釣り師と釣り本

 

  釣りをする人が「釣り本」を読むのは当たり前でしょう。その趣味の無い人が釣り本などと・・・どうやら世間知らずはこちらの方らしく、釣りの趣味など持たぬ人が「釣り本」を集めるという別の趣味もあるそうで、それぞれ思い込みというのは違って参ります。

 

 

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 釣りをせぬ人が、「釣り本」。 細かい機微など分かりますまいに、ご苦労なことです。何処に面白みを見出しておられるのか、釣りを止めて、釣り本集めに専念すればわかりますかな?

 

 

 

 古本屋などを冷やかしていますと、本の価値の違いに遭遇します。

大手古本チェーン店など、この希少本がこの値段でいいの?と、とんでもない値段で売られていたりしますし、古手の町の古本屋さんなど、帯封が無いから安いとか、価値の基準が違っているのが分かります。初版本が高いとかの世界も自分の価値観とあまりにもかけ離れすぎて、ああこれは完全に住む世界の違う人だと線引きをすることでした。

 

 

 私などは、本の中身、つまり内容を求めていますので読めればいいのです。

 

 地方ですと古本の絶対量が足りませんから以前は、ほしい本が手に入れられなくて困ったものです。今ではネットが整備されて、希少なものでも探し当てることができるようになりました。 ええそうです「釣り本」と呼ばれる隋筆、紀行文、エッセイ、専門書等々気に止まるものを読んでおります。

 

 

 古本に関してはいろいろ苦労の思いがありまして、森下雨村「猿候川に死す」を長年探しておりました。一時絶版の時期が合ったからです。ないものねだり、余計に読みたいと切望感は募ってまいります。

 

 

 世の中にはひょうたんから駒、意外性のある出会い方をすることがあります。

「猿候川に死す」はまさにそんな出合い方をした本でした。 さる遊戯場の本部長さん、高校時代にやくざの背中を日本刀で切りつけてそれから、やんちゃをしてきた人でした。こういう経験をした人などめったにいるものではありません。人間も面白い人だったので、あれこれ話をしてまいります。

 

 

   お互い趣味の話になりまして。

 

あ 「釣りと釣り本を読むのが当面の趣味ですわ」

 

「うちの親父も釣りが趣味で、その上雑誌に記事を書い取ったなあ」

 

あ 「ああだこうだ・・・・・」  「ああだこうだ・・・」

 

あ 「猿候川に死す、を古本屋で探すがどうにも手に入らない」

 

「ああ、その本ならうちに仰山有るで、一冊進呈するわ」

 

あ 「あ・・・・・・・・・」

 

「進呈する。初版本や」

 

 この方のお父さんは新聞記者をされていたそうで、釣りの記事を書かれた関係で森下雨村と親交があり、数冊の初版本を手にされていたようなのです。

 

 

 森下雨村は日本の探偵小説家を育てた高名な編集者で、編集者を辞めてから郷里で農業と釣り三昧の日々、随筆も佳作がたくさん残っております。いろいろ逸話も聞かせてもらって、本を抱えて、それは飛んで帰ったことです。

 

 帰りの道すがら、二つのことをずっと考えていた。

 

ひとつは本の中身はどうであろうかということ。

 

もうひとつは、新聞記者であったお父さんが、やくざとの折り合いを、どうつけたかということだ。

 

 

 

          上の写真は本文とまったく関係有りません。