少々足の短い船頭の海水の飲み方
釣り師といいますものは釣り場まで運んでもらわねば、世の中では何の役にも立ってまいりませんから、ただの無用物ということに成って参ります。
この釣り師を釣り場まで輸送するのが船頭で御座いまして、今日もかなりくたびれた船で運んでまいります。
この釣り客を運ぶ船頭の足が、他人様よりかなり短くあつらえてありまして、見た目かなりバランスの悪い事になっております。
何事にも、バランスと見た目と言いますのは、大事な事で御座いまして、竿なども見た目と魚が掛かったときの曲がり具合が、良い具合に曲がりませんと、力の分散などがうまくいきませんで、トラブルの原因とも成って参ります。
船頭の足が短いと言う事は、別段世間様の迷惑や害になるようなものではありませんで、他人が3歩で行くところを4歩要するぐらいの事で御座います。このバランスの悪さも日頃見慣れておりますと、風景の中に溶け込んだ日常と言う事で違和感が御座いません。人畜無害の生き物と言う事で、今日もちょこまかと動いております。
さてこの船頭が筏に釣り師を運んでまいりまして、船をもやいます。前後2本でもやうところを、程よく手を抜いて後ろ一本のみ。前を手で支えて釣り客を下ろしてまいります。ここからは船頭などめんどくさいばかりで何の役にも立ちませんから、詰所のほうに夕方まで待機です。
船頭、船に乗り移って後ろのロープを解こうとの算段で船に片足をかけます。
そうです短い足の片方です。何の問題も無い行為ですが、この度はわずかばかりの誤差が生じておりまして、船と筏の間の寸法と短い両足の寸法に行き違いがございました。
寸法の行き違いの上、乗るほうを間違えた。ロープを固定しているほうなら良かったのだが、手で押さえたほうから乗り込んだ所がとんだ大間違い。
「わあわあ~あ」の声がするほうを見ますと、筏と船はじわりと離れて行きます。その上には橋がかかったように船頭が・・ 短い足もだんだんに開いてまいります。風と潮、船は筏のほうに戻るすべを知りません。
釣り師といえばこの時間帯が一番期待に胸膨らます時でありまして、些細な不幸に付き合う暇はありません、それぞれその日の段取りに忙しく立ち働いております。
船頭の両の足は益々広がって張り裂けんばかり、よくも短い足が極端に広がるものです。
船頭が助かる道は二つ、引力の無いところに行くか、特殊な能力を使って空中に飛び上がるかですが、どちらの持ち合わせの無い哀れな船頭は、声にもならぬ声をあげながら、引力に引き込まれて行くのでありました。
両足が短いと言うのはこのような不測の事態にあっては、それは見苦しく、こっけいに風景を乱してまいります。
「おい船頭、さすが島じゃあ豪快に海の水を飲むことよのう、実に男らしい」
海に落ちる時の鉄則の一つに、息を吐きなが着水すると言うのがありまして、これをやりませんと、逆に吸い込み勝手のときなど、したたかに水を飲み込んでまいります。
未熟な船頭はどうやら鼻から、口から思いっきり吸い込んだらしくむせております。
どちら様も本手といいますものは、絶対確実な方法をいつもとるもので御座います。わずかの危険性があることなど、決してやるものではありません。
無様な船頭を見るに付け「猿は木から落ちないが、船頭は船から落ちる」物だと思ったことだ。