艶消しの釣り師 釣りはオープンカーに乗って!
釣りと申しますのは、何といいましても魚の居るところに出かけなければ成り立た無いもので御座いまして、いかに腕のいい釣り師を持ってしても台所や野球場では無理で御座います。
居間から釣るなどということは、一部の人か専用の施設でも無い限り無理な事で御座いまして、大概は車を転がして夢いっぱい出かけてゆくので御座います。
福山 自動車博物館の車を無断撮影。 昔の車は味が有ります。
浪士様も釣行は車で御座いますが、釣りを始めてからは今の車を含め2台車をお乗り継ぎです。30数年近くでありますから少ないのですが、そこはそれ、お手持ちの金子が少ないので、どうしても釣りのほうに偏ってまいる事なのです。
浪士様は最初、マツダのロードスター、赤色で屋根の無い奴。決してお金が無いから屋根が買えなかったのではなく要するにオープンカーという奴です。若い頃ですからあこがれましてね、それは大事に乗っておったのです。
月日がたって車も少々くたびれてまいります。そこに釣具など積みます関係で臭いなどが付着すると言う事になりまして、その上餌などが零れ落ちますと、それはそれは、えもいわれぬ芳香を放つと言う事に成って参ります。
こうなりますとそこは所詮、車といえど物。瞬く間にお化け屋敷と成って参ります。
「あんたの車は市内でも有名なんで!」と修理に出した車屋の親父が言います。何しろワックスなどかけませんし、日向に駐車、艶などとうの昔に無くなってホコリをかぶっております。これは無様なものですが半面便利なもので、指でなぞると文字が書けますからメモ帳代わりに成ります。車体はメモまみれ、いたずら書きも有ります。
「あんたの車は(艶消し赤のロードスター)で有名なんじゃ!」 車屋の親父は哀れむようにそういいます。
まあ車体はこのとうりなのですが、屋根の幌は穴があちこち、雨の日には傘がいる有様、おまけに夜雨が降りますと、朝には車内の床が水溜り、ぼうふらの養殖場と化しています。
後ろの透明なビニール製の窓は劣化して穴が開き、ある一時期野良猫と同居しておりました。朝車に乗ろうと近ずくとこの穴から飛び出すものがある。冬場寒い時、野良猫が夜の間住処としておりまして、これが朝になると飛び出す。
終いには余程見くびられたのか、あれだけ勢いよく飛び出していた猫がのっそりとしか動いてくれません。車検代も税金も家賃もこいつは1円も支払わないくせにです。冬の間はこれが日常化して折り合いは付いております。
かくして漁業専用車と成った艶消しオープンカーは釣り師の夢を載せ、高橋竹山さんの津軽三味線、高倉健さんの網走番外地、マイルスデイビスの死刑台のエレベーターを鳴らしながら勇躍釣り場へと疾走するのでした。そして当時浪士様は「艶消しの釣り師」と呼ばれたのでした。
「前にしか行かんからバックギアは付いとらんでええし、安い奴がないならハンドルも要らんから」 22年乗ったさしもの漁業車ロードスターも動かなくなり、車に夢をもてなくなった釣り師は、セールスマンにそう言って単価切り下げをお願いします。
愛着のあった車、このままスクッラプは忍びない何か・・・
と思っているところに絶好の人物が現れた。
自動車時計博物館の館長に、しょうがない200万で売ったげる、と持ちかけます。
館長曰く 「こりゃあまだ新車じゃ!」