はさまれる釣り師 「できたの!」と「イチバーの皆さん・・」
駐車場に降り立ちますと、熱気がまとわり付いて、これはとても尋常な暑さでは御座いません。本日は釣りをあきらめております。
集中すれば、暑さなど涼しいと馬鹿な事を言う輩が有りますが、暑いものは暑いのですから、やせ我慢を気取っての付き合いなど御免こうむる事です。
駐車場にはちょうど他のお客さんの車と入合いに成りまして、ここは尾道の有名なラーメン店ということで御座います。
暑い季節にはざる蕎麦かソーメン等と冷たい物がよろしいのですが、たまにこってりとしたものをはさむ事によって、何かエネルギーを注入した気になりますから今日は尾道らーめんと言う事なのです。
それに汗をかいておりますし塩分補給と洒落込むので御座います。
尾道のらーめんは醤油ベースに瀬戸の小魚などから取った魚介類のだし、それに豚の背油が乗っているのが特徴で、浪士様はあまりらーめんがお好きではないのですが、それでもたまに喰いたくなる代物ということになっております。
さて駐車場にはちょうど他のお客さんと入り合いに成りまして、一台は黒の二つしかドアの無い高級車、磨き上げられていて浪士様などそばを通るだけで汚れてしまいそうな磨きようです。
降り立ったのは金回りのいい中小企業の社長さんと言う風情、連れに事務員さんかいずれにしても堅気のご婦人、暑いのに腕を組むことです。振る舞いから訳有りという所でしょうか
入り合いのもう一台は軽四の乗用車、小太りで色白の気の弱そうな青年。
浪士様を含め4人がひと塊と成りまして店内に赴きます。
店内はカウンターが丁度空きまして、浪士様を挟んで左に訳あり右に気弱という布陣ひととうり注文など済ませますと合い整って参ります。
訳ありは何やら世間話をしております。そのうち話の弾み具合からころあいと見たのかご婦人が・・・
「できたの!」
「何が!?・・」
「・・・子・・・」
まったく衆人環視なか、隣には性格の良い浪士様がいるというのに、そんなこたあここいらで話すような事ではあるまいに。
そこに尾道らーめんが出来てまいりましてそれぞれ配置されます。息の入ったところで再度場は整ってまいります。
いえね、訳ありにとって特別な味だったと思いますよ。さぞかし・・・
ラーメンを食べ初めて、不穏な気配に気弱のほうを見ますと、喜色満面、何やら嬉しそうに独り言をつぶやいております。
今は季節の変わり目ではありませんし、さてはこの暑さでやられたか可哀想にと思っておりますと、 ちょいと様子が違う・・・
「イチバーの皆さん・・・・・・」
「・・・・・・・・」
確かにそう聞えたのですよ、浪士様には。
しばらく観察しておって分かりました。奴は擦る携帯をスタンドに立ててラーメンの解説をしております。
「ユーチューバーの皆さん・・・」だったのです。どうやら配信するための動画撮影らしく、いやに作り笑顔で甲斐甲斐しく説明をしております。駐車場で見せた世間に対しておどおどした風情など何処にも感じさせません。
おいこら、何をぺらぺら・・大体おまえらジャンクフードで育った奴に食い物の解説が出来るのかい! あ~ん・・! あんたの小太りの腹ん中何で出来とるかおよその見当など猫でもするわい。 それにしても器用に舌が回るなあ。
まったくこんな奴の解説を世間に蔓延させたら社会の害悪です。
ええ、丁度クーラーの風が浪士様のところで舞っておりました。胡椒の缶を世間様の常識より高くかざして振り回します。程よく拡散された粉は両脇に振りまかれるのでした。
らーめんの味はどうだったかですって? そんなものは記憶に無いのですが・・・ こんな事なら釣りの修行のほうがまだましだ。