釣具屋の爺さんと釣り師の攻防 おい爺さん! 水も目方かい
釣り師はめったな事で釣具屋さんを渡り歩くと言う事は御座いませんで、よほどのことが無い限り、なじみの店とは一蓮托生の間柄と成って参ります。
浪士様はこれまで2度ほどひいきの釣具屋さんを代えられています。余程の事でもなく、一軒は倒産の憂き目で、もう一軒は寄る年波の廃業と言うわけでありましてそれぞれ釣具屋さんの宛がいぶちを探す事で御座います。
釣具屋さんと釣り師は切っても切れない間柄で御座いまして、どちらか一方に不都合など有りましたら、もう片方も傾くと言うわけでありまして、切っても切れない性悪女の縁というわけで御座います。
釣り師の場合かなり細かい事が勘所と言うわけに成って参りますので、そこはそれ日頃からその辺の意思の疎通が測れるところから道具など買うもので御座います。一般的な消耗品などは近くの大型店で買い求めもしますが、やはりなじみの小回りの効く店でということに成ります。つまりカルテを握られて、重病人のこちらの事情を理解してくれているところだと効率的というわけで御座います。それは痒いところにに手が伸びてまいります。
はるか昔、釣りを始めた頃恐る恐る釣具店を訪れます。
そこは常連と言う強面がたむろする場所でありましたから、なんの技術の裏付けの無い素人にとっては敷居の高さは尋常ではありません。
「なんかいのう・・」と釣具屋の爺さんは常連客の相手をする合間に、こちらの値踏みをしながらぶっきらぼうにいいます。
かなりの時間を要したのです。釣具屋の爺さんがまともに相手をしてくれるまではね。
年月はこちらの腕も磨きますが、爺さんの売り上げ見込みの宛ても保障しますから、お互い段々に必要標準装備品の間柄となります。
浪士様の釣り餌は川エビとなっておりまして、釣りの性格上、年中これを必要とします。それも大きさが一定程度あるものでないと具合が悪い。
常連の位まで上り詰めますと、数あるエビの中から好みの大きさだけより分けてもらいます。一般的にこのようなより分けなど手数が掛かるものですからいたすものではありませんで、釣具屋さんの宛がい扶持の大小混ざった餌を宛がわれるだけです。
さて事件ですが、浪士様の釣りは朝から夕刻までほぼ一定のリズムを刻みます。ですから一日の餌の量などそれほど狂うものではありません。それが釣りの精度は上がっているのに、最後のあたりで餌が足りなくなる事がちょくちょく出てまいります。
さては爺さんもうろくして目方を勘違いしたかなと思っていたのですが・・・・
あるとき他のお客の餌を計りにかけております。網を張った小さいエビだもで目方を調整しておりますが、すくったばかりで水が滴るのをお構いなしに計りにかけております。爺さんどうやら水も餌とおなじ値段で売る魂胆らしい。
そうこうする内爺さんと目が合ってまいります。
爺さんにやりと笑って
「見たな!」 と大胆にも共犯者に成れといわんばかりのせりふを吐いてまいります。
若輩ですがそこは気の効いたせりふの一つや二つ切り替えして爺に認めさせねば成りませんから、それは考える事です。
ようやく「だれも怪我するわけじゃああるまい!」と言ったのですが、つくづく釣場も世間も油断のなら無い事だと感じたことだ。
あ~ら不思議! それからです、あまり餌の過不足がなくなったのは気のせいでしたでしょうか。
それからしばらくして爺さんは鬼籍に入って、浪士様は新しい釣具屋さんを探し始めたのですが、今だあの件はなぜか覚えている。