豹変する釣り師 「わしゃあ今おらん・・」
秋たけなわという事で釣りも寒い冬に向かう前の、このときぞとばかりに勢を出して
釣る時節と成ってまいりました。
風などもまだ穏やかなものですから、釣り師の機嫌もそれは良う御座います。
日頃は風采の上がらぬ釣り師も俄然その気になりますものでして、瀬戸内の海に散らばるので御座います。
瀬戸内の海と申しますのは大きな水道で御座いまして、外海に比べますと随分穏やかなものです。その穏やかな海に今日も嬌声や悔し涙のうめき声などがこだまいたしまして、名もなき釣り師は神様の差配に翻弄されてまいります。
この残りシーズンわずかに成った釣りですが、あと僅かという時になって熱を上げてまいるのですから、この手合は夏休みの宿題など残り僅かなところに到って泣きながらやった口に違いありません。
人間熱に浮かされますとそれは病的に固執するやからも出てまいりまして、世間からはいぶかしがられてまいります。
浪士様のところに連日顔を出すやからが居りまして、今度の釣行についての打ち合わせと称した雑談をしてまいります。どうやら気が騒いで待ちきれないのです。話と言えば同じ事の堂々巡りなのですから、およそ進歩や進化のかけらも無いということに成って参ります。
「おい、缶コーヒー買って来い」 「はぁいはい」
「又お前さん甘ったるいのばっかりだねぇ、浪士様はブラックが好みでな、なんだこの微糖とかいう中途半端なやつは、ええ・・いいか釣り師たるもの中途半端はいけません、こうきりっと輪郭がはっきりしないといけません。あんたの半端さ加減が飲み物に現れておる。味覚が半端なら釣りも半端と言う事ですぞ」
まあ理屈にも成らぬ与太話の類と成ってまいりまして、釣行日までの日めくりを繰り返すのです。
釣り場に赴きますと季節の変わり目もそうですが、かなり変わった人格に豹変した人物と出会うことと成って参ります。大抵は目を吊り上げてわき目も振らず一心不乱に釣っております。声など掛けるのがはばかられるほど豹変しておるのですから、もう人間の様相はとうにかなぐり捨てております。
本日はそんな中でこれはいかに申しましても人間の変種に変わり果てた釣り師がおりましたので書き留めて置くといたしましょう。
A君の顛末
A君はA君で日頃からそう呼んでおります。何の不思議でも無いありふれた事でこれを普通と言います。そんなA君が釣場で入れ込んでおります。
「おい!A君・・A君・・」
「わしゃあA君じゃない」
余程話しかけられるのが嫌だったのでしょう、こう言い放って他人を装います。
B君の顛末
B君はB君で日頃からそう呼んでおります。何の不思議でもないありふれた事でこれを普通といいます。そんなB君がこれまた釣場で入れ込んでおります。
「おい!B君・・B君・・」
「わしは今おらん!」
余程話しかけられるのが嫌だったのでしょう、白昼堂々居留守を使います。
後にも先にもこれ程あからさまに無下にされたことは有りませんでしたが、当人のその時の正直な気持ちが伝わるだけに、黙るほか無かった事です。
秋の釣りに熱を出した二人・・あんな二人に誰がした!