備後「あこう浪士」  釣り場の周辺

  釣り場は釣り師の巻き起こす喜怒哀楽に満ち満ちて・・・  さて 事件は釣り場の周辺で起こってまいります!

「いやぁ~ん・ばか」 魚が釣れないのは深くて浅い訳がある

 

 

 秋深し、隣は何を釣る人ぞ と申しまして、この時節と成りますと釣れる魚も様変わりいたすことで御座います。

釣り師も専門の魚種など追いかける人が有りまして、これがごっそり入れ替わったりいたしますから、釣場も新しい挨拶が飛び交う事です。

 

 

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もちろん周年同じ魚を追う人は変わりませんから、魚の入れ替わりで首の挿げ替え、新しい首が参上して参ります。

釣場ではこれに加えまして、いつ現れるとも分からぬ一般の釣り人というのが加わって参りまして、釣場のみならずブログまでお騒がせする按配と成って参ります。

 

 渡船場に釣り師が群れております。朝早くのことで薄暗く、出で立ちも少々くすんでおりますから、闇夜のカラスとまでは行きませんが便所の10W  の中でうごめくぐらいの程度である事です。

そこに一台の車が滑り込みまして、色目も鮮やかな二人連れ、カップルとでも申しましょうか男女が参上いたします。男性の方はなかなかのいい男ぶり、細身の身体は俊敏そうな雰囲気で御座いまして、その上道具立てもかなりのしっかりしたものですから

「出来る」のかと思うところです。一方女性の方といいますと、これが小股の切れ上がったいい女と来ていますから、暗闇の出来過ぎというお膳立てに成って参ります。

これにくすんだ釣り師の一行が引き立て役と成るのですから、いやがおうにも二人は際立って参りまして、暗闇に一閃の光が差すので御座います。

 

 釣場に着きまして、釣り座など整って参ります。釣り師は早速に釣り始めまして、最前まで「鮮やかな二人」が余りにも鮮やかであったので気後れするところであったのですが、釣りが始まるともういけません、殺気走った眼で釣っております。鮮やかな二人などとっくに眼中にありません。

釣り師は時折あたりを見回します。なにも「鮮やか」を盗み見ようなどと言う魂胆ではありませんで、他の釣り師が何を釣り上げたか見定めて参ります。目あての魚が釣れましたら、すわ一大事この時が時合だとばかり目前の釣りに精出すのです。

 

 「鮮やかな二人」といいますと、どうやら釣るのは男性の方であるらしく、女性はぴたりとくっついて、片時も離れたくない風でございます。金魚の糞状態で何やら楽しげに話をしております。

 

 瀬戸内に穏やかな日がそそがれ、鳥のさえずり、波打つ音、折り合いの付いた釣場、平和平穏を絵に描いた様なまことに目出度い有り様である事です。

 

 

「いやぁ~ん・ばか」

 

 突如、妙齢のご婦人の発する声が響いて参ります。少々の音量ならば調和の中に紛れ込みまして気にはならぬところですが、これが一定の線を超えますとかなりな違和感と成って参ります。しかも 「いやぁ~ん・ばか」 と言う事になりますと、事態を把握しなければ成りません。

会話の成り行きで発したのでしょうか、お二人は何の気兼ねも無く小声の会話に戻っておりまして、辺りを気にする風では御座いません。

 

一斉にそちらを向いた釣り師の目も、怪訝そうな表情を残してまた己の竿先に向かいます。

 

 さて時間がたってまいります。釣場もあちこち釣れ始めのときという具合で御座いまして、あちこち竿の曲がる事と成って参ります。

 

「あっ!あっちの人・釣った!」

「ねえ釣って!」

「こっちの人も釣ったよ」

「ねえ~・・」

又少々甲高い女性の声が釣り場に響きます。このあたりになりますと釣り師に振り向く余裕などありません。目先の己が釣りに精を出すところと成りまして手一杯なのです。

 

 

「ねえ・どうしてこっちに釣れないの~」鼻にかかった声ですが、ちっとばかり責めるような声色が、音量の調整が効かぬままこちらに届いて参ります。

 

 

「なあお嬢さん、そりゃあ釣れる訳きゃあ御座いませんですぜ。兄さんは釣ろうとしてなさる。釣りなんざぁやればやるほど訳の分からん厄介なものだ、それに片足を突っ込んでいなさるのが兄さんだ、深い深い修羅の道がまっておるのです。そこでもう一方の足を引っ張って御出でなのが浅場のお嬢さんだ、両足が股裂きのようになったのが兄さんで、釣れる道理は欠片も御座いません」

「兄さん釣りたいなら金魚の糞の始末綺麗さっぱりしてからでないといけねえ、釣りは生半可なもんじゃあ御座いませんし、もう片方のご婦人にしたって生半可じゃあ扱いきれない。どちらも厄介極まるものだから専念しなきゃぁ収まるものも収まらないですぜ」

 

  とは   言えなかった。

 

 

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