釣りに来たのかい? それとも針を結びに来たのかい?
釣り場に急ぐ釣り師といますのは、「釣れなかったらどうしよう!」などと考えるのは皆無で御座いまして、大概は都合よく良いほうにしか考えず、釣り場に急ぐので御座います。
急ぐ折に車など渋滞に巻き込まれますと、心穏やかとは参りませんで、他人様の都合でこちらの都合が邪魔立てされる理不尽さに、修行半ばの釣り師は、小さくは小市民に似合いの怒りを、大きくはほのかな殺意を覚えるので御座います。
急ぎの事など有りまして車を走らせておりますと、これはいけません前が詰まっております。何事かと眺めますと立て札を持った若い衆が車をしきりに誘導しております。
新手のチンドン屋かと思ってよく見ますと、これが新規の大型釣具店が開店しまして駐車場案内の青年でした。気のいい青年らしく満車に成った駐車場から他の駐車場を案内しておりますが、一々丁重に受け答えするのでやたら手間を喰っております。
親切なのは良いのだが、要領の悪いとはこのことで一向に車列はさばけて参りません。
釣場におきまして要領悪しは致命的なものと成って参ります。何しろ魚の食いがたつ時間といいますのは短く、いつ訪れるとも知れ無い事が多いものでして、呑気に段取りや釣りをやっておりますと時合いなど遠の昔の語り草ということに成って参りまして、地団太を踏むところで御座います。
「おい!お前さん先程来、ごそごそと何をなさって御出でかな?」
釣りを始めて間もない新人、釣りが面白くっていけません。魚は釣れてはいないのですが、これから腕を上げて釣れるであろう魚を思い浮かべると、つい笑みが・・
随分と気の早い事で御座います。
ごそごそとやっております。どうやら針を結んでおります。1本の針を結ぶのにかれこれ20分、いくらなんでも時間をかければよいと言うもんでもありません。
糸の先端を長くとって結べば、後は余分を切り離す、こうすれば造作も無く短時間でことは済んで参ります。新人は糸の先端をぎりぎりの長さで結ぼうといたしておりますから作業性の悪い事、つましいのにも程があります。
「おまえさん、あんたのやりようじゃあ日がくれた上に正月が近くなるわい。浪士様のいう通りやりな!いいか目を瞑っても、針結びなんざぁ物の15秒あたりで結べるもんだ、これが出来なきゃあ、あんたの針結びの間にほかの釣り師が総ざらえ、釣った魚でいっぱい飲んで二日酔いに成ったあたりでそちら様の釣りが始まる、随分間の空く話だねぇ」
「15秒はいくらなんでも・・目を瞑ってだなんてそんな出来るわけが無いでしょう」
しょうがありません、目の前で実演してやりましたよ。
「いいか、これが出来て釣りは始まるもんですぜ、夢だけは達者に見なさるが、達者の順序が違います。20秒で結べるよう今日のところは釣りをやめて、針結びの訓練だ!出来るまで帰ること相成らん!」
結んでは解き、解いては結び日がな一日、新人は何の夢を見て単純作業を繰り返したのだろうか。