備後「あこう浪士」  釣り場の周辺

  釣り場は釣り師の巻き起こす喜怒哀楽に満ち満ちて・・・  さて 事件は釣り場の周辺で起こってまいります!

つばめがここ2週間のうちに姿を消したのだが・・・

 

 

 今年も巣立ったつばめが帰ってきたのか、その子が帰ってきたのかは分からぬところですが、無事2番子が巣立ったところだ。

 

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 子が帰ってきたと成ると、どうして伝えるのか分からぬところだが、古巣に収まるところからして計り知れぬ伝達能力の存在するところだ。

 

 南に下るというが、あちらの在所にも巣があって、たがわず一家の引継ぎなど繰り返される事だろうから、その伝える能力を説明できないこちら側としては感嘆するしかない。

 

 家のつばめは入口の中央にあるわずかの垂れ壁の内にかなりの回数使い回しされて存在している。表向きにも巣があつらえて有ったのだが、これは度重なる雀とからすの襲撃に合い放棄されて半壊状態だ。 見ようによっては表にある巣がおとりに成った状態で、都合がいいといえば随分と具合のいいものでもある。

 

 子育ての間は、玄関先の糞害を我慢すればほほえましいもので、そこはかとなくこちらも気を使ったりなどして、ドアを開けるときなど、給餌の最中にはしばらく待って驚かさぬようにと、息を凝らすところだ。

 

 こうなると、ツバメの家に間借りしているのがこちらではないかと思うあたり、物を所有すると言う事の輪郭がおぼつかなくなってくる。

 

 ツバメと言うのは釣り師にとって重要な指標と成っているので、「釣場の周辺」でもある。

鶯の初音でシーズンの走りを知り、ツバメの到来で冬の釣りから春の釣りに替える、かなりあてにしている指標だ。 

 

 うかつでも有ったのだが、ツバメの到来は頼もしい指標であった、しかし南に回帰するのは気にもとめていなかった。

だから南に旅立つのは分かってはいたが、いつごろかはおぼつかぬ事だ。

 

 日常はつつがなく何の違和感も無く進むものだが、「おや!つばめがいない」それも根こそぎ・・・。

ここ2週間ばかり前から、ほとんど姿を見なくなった。季節が到来したのなら何の問題も無いのだが、はてこの頃であったのか、どうにも不確かな事で違和感の容積は増し加減だ。

 

 友人いわく、「つばめが最近見られなくなった」そしてこちらも今の季節に南に渡るとはっきり認識していない。おやそちらも違和感が有ったのかと思うところだ。

 

 南の在所では、大家とどのような関係に有って子育てをしているものやらと思うところだが、思うばかりがこちらの立ち位置と有っては、思うばかりで佇むしかない。

 

 何かの異変の予兆とは思いたくは無いが、ツバメの習性を知らぬと有っては判断など出来ようはずも無く、かといって南帰行がいつごろから始まるのか、調べるまでには違和感が熟成していない。

 

 

 

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