備後「あこう浪士」  釣り場の周辺

  釣り場は釣り師の巻き起こす喜怒哀楽に満ち満ちて・・・  さて 事件は釣り場の周辺で起こってまいります!

又一つ釣場が消えた

 

 

 田島と言う島、今では橋が架かって本土と地続き、橋の距離だけ余分であとはなんら本土と変わらぬ、島とはいうものの島とは言いがたいところと成って参ります。

昔はフェリーで5分ばかりのところを渡してもらったところだが、それは島に来たと言う感慨の有ったところで御座います。

 

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 釣りを覚え初めのころ、この島の牛の首という筏で修練したものです。

牛の首と言うのは田島から突き出た地続きの小さな半島然とした場所で、当初島の形が牛の首に似ているからだと思って、そういえばそのように見えなくも無いなどと思っておりました。

近年船頭いわく、昔 牛の解体をしたところで「出るぞ・・!」などと子供だましをいうのですが、そういえば牛の首には似ていないな、などとこれはいい加減が過ぎると言う事で御座いまして、もうろくしたいい加減な釣り師などとてもまともには相手に出来ません。

 

 この牛の首に有る筏と言うのが、随分潮の流れの速いところで、それは川のように流れるのでして、ここの潮を釣りこなしたら、全国何処でも通用するといわれたもので、おまけに海底には石を抱かせた舟など沈めてある事で余計釣り辛い、難しいけれど面白い釣場であった事です。

 

 ここの船頭は余程勾配のきつい人で、客など客扱いなど一切いたしませんで、言いたい放題の悪態つき、客のほうで顔色を伺う体たらくと言うことに成っておりまして、客は今日もおびえるところで御座います。

 

 「あんたあ、よその筏に行きょうるらしいのう・・きょうは間違えてうちい来たん」

朝一番ののっけから嫌味に胡椒をまぶす事で御座います。

 

 「筏に来て船酔い・・! あんた そぎゃあに弱いんならもう来なさんな」

揺れる筏で船酔いした客にもう来るなと追い討ちで御座います。

 

 「はよ乗れ・・! 風で船が離りょうが・・! はよ乗れ言うとろうが」

船の都合を客にごり押しで、まごまごするなと言います。

 

 船頭は子供のころから島育ちのところで、漁業を中心に生計を立てたところですが、のりの養殖に魚の養殖、とにかく新しい物好きなところで先頭を走ります。結局さしてものに成ったものは無いところだが、釣り筏が新しい動きだと飛びついた所が終の仕事となって、はて今日も釣り師に厳しく当たってまいります。

 

 「うちのは京都から来とってのう、最初味が違おうが・・味付けが・・せえで怒ったら泣いてのう、一ヶ月ばっかり毎日泣いとった。手えとって毎日教えたんで」

料理上手の奥さんは、どういう事情か知らぬところだが、京都から嫁に来たらしい。

この話を聞いたのは随分前の正月三日、釣り始めが終わって事務所で世間話のときだ。

毎年釣り始めには一升瓶を船頭に届ける。酒天童子の兄弟分ぐらい飲み上げる船頭にはこれが一番で、一年さして怒鳴られる事なく安泰なところで、これは安いものだ。

 

釣りも手を上げるに従って、船頭を撒き餌で釣り上げておいて、魚に取り掛かるぐらいのことは、平然とこなせる様に成って参るところで、なかなかに小ざかしい事だ。

 

 もう永年、筏も傷んでかなりの惨状と成ったところで後継も無し、船頭は長患いの身となって寂れたところの大風。

海上にあれほど賑わった筏が廃墟のごとく突き刺さって、それは隔世の感が有るところだ。

 

 今日は保安庁の船がやけに多いと思った日に、あの廃墟と成った筏が撤去された。それから2~3日の事だ、船頭の訃報を聞いたのは。

 

 随分と勾配はきつい人だったが、下手糞はここで上手に成れ、やるからにはここで上手となって何処でも通用するように成れ、ふらふら腰の定まらぬようでは上手に成らぬ。

乱暴な言葉であったが、古い島の言葉でそれが言いたかった人だったのかと、訃報を聞き流しながら思ったことだった。

 

 

 

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