備後「あこう浪士」  釣り場の周辺

  釣り場は釣り師の巻き起こす喜怒哀楽に満ち満ちて・・・  さて 事件は釣り場の周辺で起こってまいります!

立て篭もる銀行員と白壁の夜鷹

 

 

  「えぇ雨じゃったですねえ・・」、ずぶ濡れに成りながら嬉しそうに入って来たのは、まだ見習いを少しばかり修行した銀行員でして、挨拶も世間慣れをしていないところと成っております。

 上辺ばかりのぎこちないせりふを言い回しながら、突然の雨に濡れた身体を拭くのです。

 

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「お前さん、折角の水も滴るいい男に成ったんだ、そのままぬれねずみが洒落たところじゃあないんかい」

「いえいえ元が良いんで水などいりません、カープ勝ちましたね」どうやらカープの話から入って切り崩そう、出来たら商品の一つも掴まそうなどと、かばんの中をまさぐるのですから下心なぞ見えております。

その上にきびが二つ見え隠れするのですから、何に付けてもこれは幼くぎこちない。

 

 

 この野に放たれた銀行員は今年入行したばかり、細身の小柄な体を独楽鼠のようにせわしなく動かすのですから、あわただしくっていけません。

 

 ひとしきり用向きを聞いて、綺麗さっぱり断ったところで「ぬれねずみ」が懐かしい事を言います。

 

「こちらの支店から大竹に転勤していった藤原さんご存知ですよねえ、今度支店長でこっちに帰ってくるんですよ。浪士さんの所に行ったら話しておいてくれと言われました。住む所を手配にこちらに来て支店に顔を出したんです。近じか顔を出しますよ」

 

  2日の後

「冷たいもんある・・忘れとってん無いじゃろ」といって汗を拭きながら訪ねてきたのは、紛れも無い元平行員だった藤原君だった。

 

 時間の流れは社会的立場を変化させるものだが、突然の転勤で風と供に去った藤原君との間は時間の止まったままで、「今度の日曜どうする」と昨日の続きのようなのである。

 

  平行員だった藤原君は6尺あまり(1.8M)の身体に、大学時代のアメフトでつけた筋肉をまとったいかつい男だ。

見た目のいかつさとは正反対の、甲高い声と細やかな神経を持参して足蹴く釣場に通う事だ。

 

  明日から支店勤務と言う事らしい、訪ねてきたのは今度の日曜日の釣行をどうするかという相談らしく、本人はもうすっかり一緒に釣行を決めている。

転勤してきていきなり釣りから入るのも、かなり野放図で大胆ところですがそこは好きな道と、昔袖振り合った中と言う事になるので御座います。

 

 藤原支店長はやはり年若く支店長に成るだけ有って、身体に似合わず繊細さを装備するのでした。

道具は手入れのよく行き届いた、かなりの業物を揃えるところとなって、「久しぶりは調子がいまひとつ掴みきれん」といっては釣り上げた魚を掴んで参ります。昔と変わらぬ風景なのですが一つだけ変わってまいります。

 

 「昔一緒に釣りよった頃にな、お客から言われたんよ。お前銀行員が前も後もわからんように日焼けしとっちゃあいけんじゃろうゆうてな」

 

やはり上品さで客の目を眩ます商売だけに、真っ黒に日焼けするのは都合が悪かったらしい。

 塗ると言うのと、塗りたくると言うのは似て非なるものでして、一方は上品に白壁に塗ってまいりますが、塗りたくると成ると下品なものでして、体裁など構わぬところと成って参ります。

乱雑に塗った日焼け止めは、夜鷹の出来損ないが腐った風に成って、とても人様には見せられません。

 

  「あの見習いあがりの新人ぬれねずみ、ありゃあ外に出んらしい」

 

 夜鷹が突然理解に苦しむ事を言います。よく聞き及ぶに、子供の頃より外で遊ぶより家の中の遊びを好む事と成って、随分父親を心配させる事となって参ります。

 

 「親父とゆうのが釣り友達でな、加計の支店で一緒だったんよ。この男は好きが講じて、あるとき親戚のおじさんが危篤だといって休みおった。なあに知れ足る事、釣りに走る事よ」

 

  日焼けが怪しまれる事となって、会社でひと悶着、これが家庭にも飛び火する事となってひと悶着、それが何かの拍子で危篤にされたおじさんに知れることと成ります。

 

「この頃じゃあ銀行が病気を指図するたあ時代も変わったもんだ、先々どうすりゃぁいいか一つ教えてくれんか」と筋違いの銀行に電話するものですから、騒ぎは収まりようの無い混乱に。

 

 かなりのお灸で収まりは付いたらしいのですが、当分は白い目に晒される事に。

 

「外で動き回る親父にしたら、家の中で本だパソコンだゲームだの、ぬれねずみの息子が活発に見えんらしく心配らしいんじゃ、何とか成らんもんかと言われてな」

 「どうかいのう、騙してでも釣りに引っ張り出すか」 

などと申しますが、機嫌よく家の中で収まりは付いておろうに、それに仕事もちゃんとするのですから、無理に引っ張り出して日焼け止めを塗らす事も有るまいに。

 

 藤原君と同期らしい親父さんは、役付きでは有るものの支店長にはまだ成っていない。件の一軒からは日焼け止めが必携には成ったらしいのだが、息子に日焼け止めはまだ早かろう、そのうち親父の子だ自分で日焼け止めを塗る時が来る。 

 

 

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