備後「あこう浪士」  釣り場の周辺

  釣り場は釣り師の巻き起こす喜怒哀楽に満ち満ちて・・・  さて 事件は釣り場の周辺で起こってまいります!

さすらいの忠兵衛 波止場の巡回

 

 

 どの世界にも「主」と呼ばれる、下手をすると化け物に近い評価をされるものが有るところで御座います。

まあ大概が場を仕切る、その場の親分扱いと言う事で御座いまして、何事もこの人の顔色を卑屈に伺うと言う事で折り合いの付くところで御座います。

 

 

f:id:akouroushix:20161204160127j:plain

 

 

 

 今のところ太平洋の主が第七艦隊ならば中国の主が習さん、ロシアの主はプーさんと、収まりのついているところで、おうちの主は山の神、会社の主は社長さん、波止場の主は「さすらいの忠兵衛」という事になるので御座います。

 

  この主といいますのは時として変わって参るものでして、トランプだかスランプだかの、新参者も現れるのですから周囲にはよほど注意を払わねば成らぬところです。主もおちおちと胡坐ばかり搔いている訳には参りません。中には占い師の後ろ盾がある主もあるのですから、余程主と言うのも様々あることです。

 

 

 いつの頃からか皆のはっきりした記憶は無いところだが、釣り師を運ぶ渡船場の波戸には「さすらいの忠兵衛」と言う強面のお兄さんが巡回して参りまして、釣り師の腕の品定めや、声には出さずおとなしく食い物などを出せと静かに強請って参るのです。

 

 波止場と言いますのは船で出船する人や、波止場で釣りをする人などで切れ間なく賑うものでして、季節によって釣り物が変わって、それぞれの釣り人は変わってくるものの年中 釣り人は絶えません。今は太刀魚のシーズンとなってそれは大層賑うところで御座います。

 

さすらいの忠兵衛といいますのは野生の猫で御座いまして、生まれはどこか親は何処かわからずじまい、おそらく天涯孤独の身でこの波戸に流れ着いて参りました。

さる時分、そこは猫ですからネズミを加えて参ります。ネズミもまだ生きておりまして「チュウ」と泣きましたところから、忠太郎とも忠兵衛とも呼ばれるところとなって参りまして、ここ波止場の主という事に成って参ります。

 

 

 忠兵衛は独眼です。左目が何の拍子か傷つく事となって潰れております。

残った右目でぐっと睨みますと波止場でこれの迫力に耐えられるものは猫の子一匹おりませんから、そこはやはり波止場の主なのです。

親分無しの子分無し、一匹狼の忠兵衛は食堂の軒先に一家を構える事となって・・・

一家では御座いません一匹ですからねぐらを構える事となって今日も波止場一円に睨みを効かして参ります。

 

 境遇を推し量るところで、食堂のおばちゃんなど餌をやっているにはいるらしいのですが、そこは一匹狼の渡世人、他人のほどこしは潔く思わぬところで釣り人を値踏みしては食い扶持を強請って参るのです。

 

 波止場の釣り人といいますのは硬軟取り混ぜて雑多という事で御座いまして、上手なのや下手糞なの、自称名人から覚え始めたばかりの者等取り揃えてあるところ、忠兵衛親分の食事時とも成りますと事情が分かる連中はいそいそと釣りの仕掛けを替えて参ります。

親分の好物である小いわしや小アジを釣る為にです。

 

 

 忠兵衛親分は波止場の端からノソリノソリとそれは貫禄充分なところで 巡回を始めます。他の事は一切意に介さぬ風で御座いまして、やおら釣り師の背後に距離をとってたたずみます。

 

 さて釣り師です。親分のお出ましと会って、そこはご機嫌を損なわぬよう気を利かしたところで魚を釣って参らねば成りません。

 親分といえばたたずむばかりで、擦り寄るわけでも声を出して催促するでもありません。そこは聞け悟れで御座いまして、決して浅ましい真似はなさらないのです。

 

 忠兵衛親分は不思議な所が有って、概ね良く釣る釣り師の背後あたりに位置して無言の催促をするのですから、釣り師などの腕の程すっかり見定められている節が有るのです。

こうなりますと釣り師はいきおい踏ん張ったところで、釣ったばかりの魚を上納するという事に成って参ります。

下手糞な釣り師など見向きもされず素通りされるのですから、ここは一番男を磨かねば成りません。

 

 

 忠兵衛親分は差し出された魚にいきなり飛びついて食べるなどはしたない真似はなさいません。

与えられた魚を前にしばらく品定めをした後、おもむろに口に咥え静かに食事をされるのです。

 

 釣り師はいいます「どうか一枚写真を撮らせてやっておくんなせえ、つたないブログで紹介いたしやす」

釣り師は一眼レフのカメラを取り出しまして一眼レフの忠兵衛と向き合います。

 

 

「お前さん忠兵衛はフラッシュが嫌いなんじゃで、明るい時しかだめで」という人が有ります。釣り師は朝早くまだ薄暗い時のお目通りですから撮影はあきらめたところだ。

 

波止場の主は今日も波止場を端から端まで巡回です。気にかける釣り師は今日も下辺となってせっせと釣りにいそしんで参ります。

 

 

 忠兵衛親分は寄る年波に成ったらどうするんだろうとは皆思うところだが、その事を口に出した人はまだいない。

 

 

akouroushix.hatenablog.jp