備後「あこう浪士」  釣り場の周辺

  釣り場は釣り師の巻き起こす喜怒哀楽に満ち満ちて・・・  さて 事件は釣り場の周辺で起こってまいります!

もう勘弁してやってはどうかい!

 

 

 さてお立会い、何の変哲もない一枚の写真此れがどうしたと怪訝な顔をされるところですが、此れがどうこうするのですから世の中退屈はしないように出来ておるところで御座います。

 

さてこの車、何処にでも転がっていそうな古い物ですが、これがそんじょそこらにある古いものと一緒にされたのではかなわない、何しろ丁度50年目を迎えたところで大往生、ここ20年来夏には強力な暖房がよく効いて、冬には凍死体の製造機などとも呼ばれる冷房がこれまた容赦なく効くという、誠に不都合を絵に描いたような代物なのです。

 

 

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 そうあの携帯電話をたびたび海中に落とした高下君の車です。サニーの50年前式という代物で、この度あえなくご臨終と相成った次第、これを評して「JAFいじめ」の究極のお手本とも言う人があって、これまでたびたびご厄介になったところだが、高下君にいたってはエンジン乗せ替でまだ鞭打つらしい。

 

 

「まだまだこれからですよ・・・」

 

 様々興味を持ってあれこれ手を出して参る高下君ですが、それにしても気が多いのですから今何にこだわっているのかなど知る由も無いところです。聞き及ぶに今は何でもバイクにまたがり一人で野宿するのがもっぱらの修行らしいのですが、何を好き好んでこの寒空に路上生活の練習などをしなければ成らないのか、周囲は首を傾げるばかりのところです。

 

元来、性分としてどうも不便さを押し出しては粋がってはやせ我慢をひけらかす、これにえも言われぬところの特殊な快感をおぼえるのが思うところらしい。

そうでも思わぬことには動く修験堂と化したあの車に乗ることの道理の説明なぞつくわけがありません。

 

 

「なんだな、ここは高下君ひとつあの車、勘弁してやるわけには参らぬか?どうにも車が哀れで気の毒で、お前さんの周りじゃあ涙なくしてあの車は語れないと言う人も有るくらいだ。確かに物や道具の類の事には違いは無いが限度を超えて使いまくるなんざぁ往生際の潔が良くない、物を大事にするなあ結構なことだが、ことあの車に関してはもう勘弁してやれ、お前さんもちったぁ良心と慈悲のかけらぐらいは持ち合わせておるじゃろう」

 

「いやあ、まだまだこれからですよ・・・」とは言うものの・・・

 

 やせ我慢で粋がる、人様の好奇の目に晒される、これはこれで愉悦を覚える、しかし車に乗る修行も、こう暑くて寒いようでは寄る年波の骨身に沁みる。ここはひとつ快適な車に乗るか、などとそこは生臭く揺れてはおるのです。

 

 

「どうだい、自動車博物館に寄贈でもして供養してやるのがせめてもの人の道と言うもんだ」

 

揺れ動くままに決めかねておるところで御座いまして、ここは強引にでも事を進めてやれと、おのが困る事でも無しそこは早速に館長に話をするのです。

 

「50年もんのサニーが有るがどうだい幾ばくかで引き取ってはどうだい」

館長は少しばかり怪訝そうな顔をしたところで

「50年・・サニー・・まだ新車じゃあないかい・・20万ばっかり持参金をつけたところで引き取らんでもない」

 

とまあ、こちらの思惑とは遠くかけ離れた返事をするのです。以前24年物の車で「新車じゃなあ」と言われた事がある、敵にとっては自動車博物館で展示するには片腹痛い、いかにも新車なのだろうからこの縁談は望むべくも無い。

 

「こにゃあだ寿司屋の顛末、タコばっかり喰うと書かれたが女房と寿司屋に行ったら女房のやつは(あなご)ばっかり喰うんで」

 

館長は突然話を替えて寿司屋の新しい騒動について話し出した。

 

 

思惑と算段はそれぞれ有って、趣向のことなどもそこまで頑なになることもなかろうにとは思うのだが、常識とはかなり勾配のきつい離れ方をしているやつが周りに多すぎるきらいが有る。

 

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