韓国の婆さんと落とし穴
順徳婆さんは韓国の人だ、日本に来てどれくらいなのだろうか、最近永年の夢だった帰国に興奮気味だ。順徳という名は男か、とこちらの常識では考えがちだが、ちゃんとした女の名前だ。
婆さんがくれた願いのかなう置物 あまり仕事をしない
婆さんは戦前ご主人と日本に来て3人の子供を生んだ。造船の会社で働く主人が腸ねん転で死んで、それは苦労して生き延びてきた人だ。女手ひとつで3人の子供を育て上げた居丈夫は日本語が書けない。あちこちに文書を提出する必要に迫られると、代筆を頼まれれるのが縁で行き来がある。 何話か前に魚をあげたお礼にと子猫を押し付けたあの婆さんである。
婆さんは当初、浪士様のことを「ガイドクガアル」といってこちらを惑わせた。
おいおい婆さんそりゃなにかの思い違いだ、こっちは親切にこそすれあなどったり、貶めたりなど有りはしませんぜ。
あまりに繰り返すので、それなら婆さん気の利いた落とし穴の一つや二つ掘ってやろうかと思っていたところ、韓国語が分かる仲立ちの人によると「ガイドク」ではなくて「人徳」があると言うらしい。
おい婆さん中々わかっとるでは無いか、苦労し取るだけにちゃんと人を見る目があるではないか。魚を釣ったら持っていってやろうではないか。そうしようではないか。
苦労した婆さんは、戦後スクラップを商う傍ら、どぶろくを闇で作っていたそうだ。 酒税が無いのでスクラップ置き場の横にカウンターをしつらえ安く飲ませて、「わしの子は、どぶろくで育った」と言い放つくらい儲かったらしい。
婆さんを知る人は多い。どぶろくを飲んで酔いつぶれた客がカウンターの椅子に座ったまま小便をしたのに腹を立てた婆さんが、やおら一物をつかみスクラップ置き場の錆びた鋸で根元をごしごしやって病院送りにしたのが有名になった。
「なに、男は根元をぎゅっと握るとどうにもあがけんのよ、金玉も同時に握ったら手も足も出せんで」
おいおい婆さんその技、何処で覚えた。 おい婆さんあまり近寄るな!
婆さんは男勝りで親分を張っているが、根は優しい親切な人だ。韓国風の占いをすることもあって、年寄りの信奉者が多い。
占いはどうも本格的なものらしく、分厚い本を広げてはいつも勉強をしている。修行と称して、寒中に海に入ることもある。
諸兄、ここを見逃す天下の浪士様では御座いません。
「婆さんその本を見せてくれ、他の年寄りによると,よく願いがかなうそうじゃあないか」
「みろ、ほい」
「ゲッ・・・・」
韓国語の本では無いか・・・・翻訳したのはないんかい。
「修行の足らんやつが読んでも分からん・・」 そんなに突き放すように言わんでもいいだろう。なにしろこちらは人徳釣り師だからな。
本は読めないし修行は半ば、思うようには魚が釣れません。それならと婆さんがくれたのが、安手のプラスチックで出来た置物だ。大事にすれば敵うとくれたのですが・・・
こちらの修行足らずの腕が悪いのか、置物が仕事をしないのか分からぬが、思う様にはいっていない。
婆さん帰国寸前になって足腰がどうも思わしくなくなった。子供らの出入りが激しくなって、帰国かこちらの老人ホームに入るかで相談事で忙しいらしい。
婆さんのことだ、最後はスパッと決めるに違いない.