釣り場のやむにやまれぬ事情
長い事釣りをやっておりますと、切羽詰ってどうにも身動きが取れぬ事態に遭遇するものでして、それぞれ釣り師も困ってまいります。
ある釣り師など体が小刻みに震えております。
「おいどうした?具合でも悪いのかい?」
「い・・や・・ち・がう」
どうやら小便を我慢して釣っているらしい。便所に駆け込めば心置きなく釣れるものを、あと一投、もう一投と釣りたい為にがまんをしておりました。
「おい 皆こっち来い!筏を揺らせ~」
「助けてやれ、困った人がおるぞ、体をゆすったろうか?」
「勝負服濡らしたらいかんで!」
馬鹿馬鹿しい事でお話になりません。
さる釣り師、筏の上でなにやら固まっております。じっと同じ姿勢のまま動きません。
「おい、どうした?冷凍されちまったか?」
「い・・や・・や・ ちがう」
なんと小水を放ったのは良いのですが、あせった。其れは早く釣りたいが為ですが、焦ってはいけません。見ますとどうやら大事な部分がチャックに食い込んだ模様だ。ご婦人方はご存じないでしょうが、殿方にはどちら様にも少なからずある経験で御座います。それは・・・・ それに彼は絡め執られた。
押すも地獄引くも地獄、どうにも身動きが取れてまいりません。
「おいこりゃあえらい喰い込みようじゃなあ!」 「痛いか?」
「動かすと痛い! どうするかいの~」
困っている人を助けねば、人の道に外れます。そこは人間の出来ている浪士様のことで御座います。しっかりと事態の解決に取り組んでまいります。
最初に試しますのは、滑りを良くする為にリール用のグリスを塗ってまいります。
「どうかい具合のほどは?」
「いててて・・・いて」
どうにもいけません、さんざん散策などなどいたしましても、どうにもなりません。
「そりゃあ、こうやってみい!」と現れ出でたのは体つきのがっしりした釣り師、早速に手を打ってまいります。
やおら一物とズボンを握ると思い切り引き剥がします。
静かで風光明媚で穏やかな瀬戸内に、突然悲鳴ともつかない断末魔の絶叫が響き渡ります。
ある漁協の組合長さん、ご自信で釣具屋と餌屋なども営んでおられます。もともと釣りの餌を獲るのが本業だったこともあったそうで、当時の話。
「そりゃあ寒かった、寒い時期餌をそろえなきゃあいかん、客のあることで逃げようがない、泣く泣く冷たい海に浸かって餌を掘ったもんじゃ」
「手は真っ赤に腫上がって何をつまんでも感覚がのうてのう・・・」
「何かええ手がないかと・・・人間切羽詰ったら色々考え出すもんで思いついた」
「それは己の小便で手を温める事じゃった。生き返ったでよう。一所懸命にやっとったから、ええ知恵が出るんよのう」
その筋の趣味のある方にとってはよだれの出る話かも知れませんが、とても真似のできることではありません。
しかしここいらが、本手と素人の境目あたりかと、見当をつけてみたことです。