「おっとっと」と 釣り師!
釣り師と申しますのは魚を釣ってまいります。あくまで魚を釣るのであって、決して自分が魚になろうとすることではございません。
かなりお年の釣り師がおりまして、渡船場に現れてまいります。年はとっても貧乏神が執り付いたように、釣りの誘惑からは逃れられません。
出船で御座いまして、船に乗り込みますがどうした弾みか本人よろけております。船などの揺れるところでは、重心は低くが基本です。筏の上でもそうなのですが、これを怠るとかなり痛い目に合うもので御座います。
さあ爺さん、船べりで背中を海に向けてよろけております。そのうちこらえきれなくなった上体が傾いて、なにやら声にもならぬ声をあげながら両の手を後ろ向きにぐるぐる振り回しております。
散々殺生を繰り返してきたのですもの、海の神様のお目こぼしなど有る訳はありません。爺さんすっかり魚になってしまいました。
さすがに夏では御座いませんで、すごすごと濡れた身体でご帰還です。
さようなら、お元気で! 風邪引くな!
他人様の不幸、怪我無くばこれほど嬉しいものはありません。話の種になりますし、とりわけ自分が不幸の主人公から免れて他人様を笑う立場になりますと、いびつな勝ち誇りと成ってまいります。
さて釣りのことなどをやっております。船頭は遅くに来る釣り師を運んでまいります。ここの釣り場はいつ来ても、いつ帰ってもちゃんと送迎いたします。釣りたい時に好きなように釣れますから重宝するものです。
「おい、馬鹿に遅いお参り客だなあ」 「一人か?」
「おい、ありゃぁ爺さんじゃ・・」
魚になり損ねた爺さん、こともあろうに、着替えて出直してまいります。見事に蘇った爺さん、かなり珍妙な格好をしております。昔着ておっただろう防寒着のちぐはぐな取り合わせに、頭にはほうかむりです。 別段色気など要求される様な場所ではありませんからこれで別段かまう事は無いのですが・・・思わず・・
「 で た~! 」
それにしても爺さん、恐るべき執念で御座います。
され「おっとっと」、これは夏場に執り行ってまいります。魚が釣れぬ時間帯になりますと、かなりの手持ちぶたさ。 「おっとっと」やるかと言う事になってまいります。これは秘密の大人の遊びで御座いまして、他に知らぬ人など他人様が御出でにならぬときひっそりと行ってまいります。
あくまで気の置けぬ仲間内だけの祭りごと、なにをどうやるか?
爺さんと同じように、筏の縁に立ちまして後ろ向き。両の手を後ろにぐるぐる回して海中に落ちる真似をするので御座います。もちろん「おっとっと」の声は出さねばなりません。
もちろんこれでは芸も何もあったものではありません。
悪漢に追われて崖っぷち「ま、待ってくれ! お願いだ見逃してくれ!」 から「おっとっと」にはいる人もいれば、仮想のカメラマンに向かって「お、もう少し後ろか?などといいながら後すざりするものもおります。
そしてなるたけ無様な「おっとっと」をやるわけで御座います。
え、賞品ですか?そんなものはありませんが、皆、一所懸命なのです。何しろ技術点と芸術点で採点されるので必死の演技です。
「おいもっと手を振れ!演技が小さい!」
「最近の若い衆は他人の顔色を見すぎるなあ、何も考えずおもいきって行け!」
こうなりますと、数あるうちには落下するのが出てまいります。
若い人などが落下するのはよろしい事でして、苦難苦労を乗り越えてゆく姿には、日本の明るい未来が見えてまいります。
釣り師の戯言、いい年をこいてこの様ですから決して褒められた事では御座いませんが、浪士様は・・・・
今度からはショートプログラムとフリーの演技で構成したらより良いものになるとお考えです。