備後「あこう浪士」  釣り場の周辺

  釣り場は釣り師の巻き起こす喜怒哀楽に満ち満ちて・・・  さて 事件は釣り場の周辺で起こってまいります!

海老で鯛を釣ったと思っても相手も同じ思いですから、バーター取引(物々交換)は止められません。

 

 

 さる大店の大家さん、こういいます。

「こりゃあ海老で鯛を釣るたぁ このこった」

海老で鯛を釣るということは、安いありふれたもので高価で立派なものを釣るたとえで御座いまして、最近ではエビのほうが少なくなりまして、こちらも高価に成りましたから、ほんとの所が分からなくなってきております。

決して伊勢海老のように高価なもので高価な鯛を釣るという事では御座いません。

 

 

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 さてこの大家さん、異常にたこを好んでまいります。一度すし屋さんにご一緒したことが有ったのですが、10貫ばっかりたこの握りを頼みまして、できる端から口に放り込みます。

すし屋の大将も極当たり前のように平然と仕事をこなすところを見ますと、これは永年に渡って、こうやって喰い続けたに違いありません。

 

 「明石 ・かこの辺 ・のたこ ・で無い ・と噛んで ・も味が ・出ん ・からなあ」とまあよく動く上下の歯の間から、たこについての見解をとぎれとぎれに述べるのです。

 

何でもこの界隈以外のたこは噛んでも風味にかけるし、噛むごとに味が変化をするのがたまらないそうで、アフリカ産は味が無いそうなのである。

 

 このような事が有りまして、それではと浪士様が沈めたたこ籠から気の利いたのを一匹差し上げます。ええ、活きたままの奴をネットに入れて差し出します。

 

「こ・・れ・・は~・・」としり込みをいたします。当たり前です活きたたこなぞめったに捌く人はおりませんし、よしんば手を出してまとわり付かれた日にはかなり気味の悪い目をいたします。

いたし方ありませんところで、大の大人が二人して厨房に入ります。締め方から捌き方、ヌルのとり方からゆで方まで一通り授業です。そりゃあそうです、たこを差し上げるのは良いが、まいたび処理をさせられるのは御免ですからしっかり厳しく教え込む事です。

 

 大家さん大概の事は人任せ少々の事なら金で済ます御仁が、うまいものを食いたいために一生懸命たこのヌルを取ってまいります。塩をふりかけネットごと丹念に擦りあげます。それは本性丸出しであることですから、決して他人様なぞに見せる様ではありません。

 

 どうこう話をしておりますうちに浪士様が「古漬け」の漬物が好きだとわかります。そうですあのすっぱくなった奴です。

これで決まりです。大家さん、この方も古漬けが好きで行商のおばさんから買い占めております。今までは町内でお好きな人に行き渡っておりましたが、もういけません、すべて買い占めてまいります。そう、浪士様と自分の分をです。

それからで御座います、たこのお返しは古漬けと相整いまして手打ちと成るので御座います。目出度く物々交換の流れが出来てまいりましてお互い心のうちで

 

「海老で鯛が釣れた・・しめしめ」

 

と思うところでした。

 

取引と言いますのはお互い納得ずくの、ある種満足感とお得感があって成立するもので御座いまして、どちらかがより得をしようと成ると、この野朗出し抜いたなと成るもので御座います。世間広く、中にはこの逆の方がおいででして、とにかく過剰に提供したがる人も有ります。

大家さんがこの口なんですな。とにかく不足が有ってはならんと言う事で、常識を外れたお返しをするのです。

ある時など「梅がえっと採れたんで持ってきた」と言います。

「こりゃあええ梅じゃ・・大きさと言い色艶と言い最高じゃな」などといいまして米袋に入った梅を3袋も持ち込みます。

 

 「いやそんなには不要で御座る・・ああだめ・・いや結構充分」などといいましてもかまわず運び込みます。

目など充分に合わせませんから、どうもこれは返礼に名を借りた処分に違いありません。採れ過ぎた梅の処分に困って他人様に始末を付けさせようと言うのですから、これは親切に名を借りた迷惑の押し付けです。

 

まあこのようなことも有りますから世の中油断など出来ません。それにつけても困るのは梅の処分です。被害の下請けに成りまして一計を案ずる事といたします、これは次なる被害者を探さねば成りません。

 

被害の孫請けと成った人に

「こりゃあええ梅じゃ・・大きさと言い色艶と言い最高じゃな」

と身振り手振りで説明するところです。

 

 

 

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