備後「あこう浪士」  釣り場の周辺

  釣り場は釣り師の巻き起こす喜怒哀楽に満ち満ちて・・・  さて 事件は釣り場の周辺で起こってまいります!

釣り座の前に遭難した船が流れ着く・・こんな邪魔のされ方はありません。

 

 

 

 瀬戸内におきましても朝晩の冷え込みが感じられる事となりまして、釣り師といえば朝の冷え込みで着せられて、昼の暑さで脱がされると、着せ替え人形のような所作をさせられておるところで御座います。

 

 

f:id:akouroushix:20151005194140j:plain

 

 釣りといいますと釣りに集中などして参りたいため、暑さ寒さに風など他に気をとられる事を嫌います。気をそがれると言いますものは、釣りにとって随分はた迷惑なものでして、自然から受ける仕打ちは我慢のしどころでありますが、これが人間様によって気などそがれてまいりますと、思わず牙を研ぐもので御座います。

 

 海は誰の占有物でもありませんで、職漁の方から釣り師は言うに及ばず、軍隊から密猟者 はたまた散骨などといいまして、お亡くなりに成った方まで等しく利用してまいります。

 

 世の平和と言いますものは、お互いが気を配っております間は均衡が保たれるもので御座います。そのうち自分の都合だけで思いが他人に及びません事などが生じてまいりますと、小は小競り合い、大は戦争などと至って物騒な事と合い成って参ります。

中には気を配りすぎて善意の押し売りなどと言うのもありまして、事は荒立ちませんがこれも迷惑の一部である事には違いありません。何事も程度をわきまえませんと火種ということで御座います。

 

 浪士様が機嫌よく釣りをして御出でです。沖では一艘の車で運べるほどのボートに四人乗りで釣りを楽しんで御出でです。まことに平和を絵に描いたような調和ぶりです。

しばらく調和の程は正常で御座いましたが、何やら違和感が。

沖のボートが何やら騒がしいので御座います。今まで静かであったのがやにわに騒然としております。

 

 海と申しますのは潮の流れが御座います。池の水のように静まり返って動かないなどと言う事はありませんで、たえずあちこち動いてまいります。

事前の釣り船、心なしか潮に乗ってこちらに近づいてまいります。船内はやはり慌しい様相です。

 

 この船どうやらエンジンが掛からなくなったらしく、成すすべなく漂流しております。間も無く浪士様の釣り座の丁度まん前に漂着してまいりまして・・・

「すみません!エンジンが・・・お邪魔します・・すいません!」

などといいまして、とうとう筏に横付けで御座います。

 

 釣るも何もあったものではありませんで、「おやまあ・・あらあら大変ですね」と言う事態に成って参ります。

あれこれ修理めいた事をしておりますが、依然エンジンは掛かって参りませんで

「前の日に点検を・・ばか・・」など船内は何やら険悪に成っております。

 

「どちらさんか存知ませんが随分とお困りのようで、どうかい筏の上に何人か上がって落ち着いて修理させたら? そうあれこれ船頭が多いのでは事は前に進みませんぞ?」

 

「いえそれは・・・すいません」

 

「あんたらひょっとして遭難とちがうんですかい? なんなら海上保安庁を呼んだろうか??」

 「いえ結構です・・」

 

そうこういたします所に、他の釣り師もものめずらしさに集まってまいりまして

「浪士殿、さすが腕がよろしい、今日一番の大物ですな」

「魚拓をとるのに一苦労じゃな、これはでかい」

などとはやし立て、騒ぎをおおきくするので御座います。

こうなりますと見物の衆からは一刻でも早く逃れたいものですが一向にエンジンはいうことを利きません。

 

   「お宅さん方、自前で助けの船を呼ぶか、保安庁に顛末を事細かに調べあげられて、役人さんの仕事をしたという言い訳を作ってあげなさるか、はたまた筏の船長を呼びましょうかい?・こっちは船長 生業だもので金などくれとはいいますまいが、袋の一つは段取りを願いたいところだ。どうなさるね?」

 

 いくら修理したところでエンジンは動いてまいりません。どうやら4人組で金を出し合って船を誂えたらしいのですが、今日は晴れて最初の釣行日、勇んで乗り出したのはいいが誰も燃料の確認をしていない。 だれかが段取りをするものだと思うところに落とし穴など有りまして、購入時かすかに残っていた燃料で無謀にも遭難の練習に成って参ります。

 

 自前で岸に漕ぎ着くことに決した4人組オールに成るものを探しておりますが、ろくなものが御座いません。 筏に有った板切れをそれぞれ持たせます。

 

 潮に逆らって4人組はそれぞれ不ぞろいの板切れを必死に動かします。

「おいっちに、おいっちに・・掛け声をかけてしかり漕がんかい」

「右の前、しっかり漕げ・おいっちに」

筏からの声援を受けて船はぎこちなく岸を目指すのでした。

 

船が小さくなった頃、釣場には又静寂が戻ってまいりまして時折咳払いが聞えるばかり、先程の喧騒が嘘のように穏やかな事なのです。

 

10月4日のこの遭難事故、どこにも公にはなっておりませんが、無事であったのかどうかはだれも知らない。

 

 

 

akouroushix.hatenablog.jp