備後「あこう浪士」  釣り場の周辺

  釣り場は釣り師の巻き起こす喜怒哀楽に満ち満ちて・・・  さて 事件は釣り場の周辺で起こってまいります!

池田模型店のばあちゃんの釣りと野良猫

  

 

 池田模型店のばあちゃんは、移動するのに充電式の三輪車に乗っている。足の悪い人が乗るあれだ。運転免許がいるのかどうかは分からない。

 

 

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 浪士様の釣りは海釣りで、食うためという目的もあるので少々生臭身を帯びております。そこに行きますと、スポーツフィッシングなどと称しまして釣ったはいいが逃がしてしまうなどと言う釣りも御座いまして、なかなかに理解しがたい釣りも御座います。

 

 本来釣りは狩りの一種でも御座いますところで、いたずらに生死の掛かる相手を釣り上げて遊ぶなどと申しますのはいかがなものかと思うのですが、人それぞれ事情と趣向が有るところで、折り合いなど不確かについているところで御座います。

 

  池田模型店のばあちゃんと言う人があって、電動三輪車に跨っております。ご他聞に漏れず足が悪いのです。どうも若い頃からの事で有るらしく、詳しくは分からないが独身で模型店を営みながら生き延びてきた人だ。

 

 このばあちゃんが釣りをしてまいります。釣りといっても、まさか海や川では御座いませんで、店の前の道を隔てて用水路といいますか堀が御座います。これに出向きまして釣りをするのです。

ウイ~ンと電動三輪車で店から釣場までほんの4~5M、まったく都合のよろしい釣場であることです。

 

 ばあちゃんの釣りは決してスポーツフィッシングなどと洒落た釣りでは御座いませんで、しっかり生き延びる為の釣りです。生き延びると申しましても、釣った魚が人間の口に入る事は御座いません。食べるのはもっぱら野良猫ということで御座いまして、生き延びる為にばあちゃんの釣り上げた魚をすっかり当てにしております。

 

 この堀、生活排水が流れ出ておりまして、残飯などにすっかり小魚も餌付けされておりますから、結構な釣場と言う事に成って参ります。

ばあちゃんこれに相まって永年釣っておりますから、これがどうしてなかなか堂に入ったものなのです。下手な釣り師より隙などありませんし、よどみなく釣り続けてまいりまして野良猫の宛がい扶持を算段いたします。

道具立ては安手のものなのですが、長さと言い柔らかさと言い理にかなったものでして、見る人が見ると隙が御座いません。

 

 ひょいと釣り上げますと、道路に放ります。野良猫は数匹が、 早 ばあちゃんの釣りをかぎつけて、放り出された小魚を咥えてはどこかに持ち去って食べます。そこはやはり野良ですから一定程度の警戒心を解くことはございません。

 

 ある時、この堀に小学生数人が釣りに参りまして、こちらはかなり大型に育った鯉を狙っております。こちらはばあちゃんと違い釣る技術も何もまったくのど素人ですから、宛ての無い釣りということに成って参ります。それに狙うのが大型の鯉ですから容易には釣れません。

鯉釣りは1日一寸といいまして、撒き餌を毎日ほどこします。10日ばかりでようやく10寸ということに成りまして、なかなか辛抱の要る釣りです。これに小学生が挑むのですから、無謀を絵に描いた釣りになっております。

 

 世に間違いなど、あちこち生ずるものでして、この小学生の仕掛けに鯉が喰らい付いて参りました。

小学生と大型の鯉、百戦錬磨の鯉は小学生をいいように振り回して、小学生を慌てさせます。獲り込みの技術など御座いませんで、堀の周りを集団で右往左往、興奮するやらどうしていいやら、かなりの騒ぎである事です。

 

 これを見ておりますばあちゃん、電動三輪車で近寄りますと・・

「これ、苦労して大きゅう成ったんじゃ・・逃がしてやれ」「外してやれ」

「大きいのは生き延びてきたんじゃ」 「外してやれ」

小学生にこういいます。真顔で言われますので興奮した小学生もここは矛を納めます。

 

 さてここからが大変です。えらい馬力で抗う鯉を寄せて針を外さねばなりません。

 

しょうが有りません 「坊主、竿を貸せ・・おじさんに貸せ」

「いいかよく見とけ、大きい魚は竿を立てて、いいかいたずらに引っ張っても駄目、ゆっくりじわりと時間をかけて相手の弱るのを待つ、ゆっくり寄せてくる。一人おじさんの車の玉網を出してきてくれ!」

 

 悠然と泳ぎ去る鯉をばあちゃんと小学生それにひねたおじさんは、皆一仕事した顔で見送ることだった。

「大きいのは生き延びてきたんじゃけえのお」ばあちゃんは又しみじみとこういいます。

 

 普通釣りをいたします時に、大きいのは持ち帰り、小さいのは生き延びるのは大変だろうが、何とか大きく成れぐらいのことは少々思いまして逃がすものです。

反対の成り行きに戸惑うところですが、ばあちゃんの理屈も有るのかと共々思うことだった。

 この件が有ってしばらくの後、ばあちゃんは足がやはりどうにも動かなくなって入院してしまった。それから気が付いてみると野良猫など見かけなくなって、何処かに行ったものか、愛護センターに収容されたものか行方がわから無い。

生殺与奪の権利を人間の都合で振り回してよいものか考える事だ。

 

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