備後「あこう浪士」  釣り場の周辺

  釣り場は釣り師の巻き起こす喜怒哀楽に満ち満ちて・・・  さて 事件は釣り場の周辺で起こってまいります!

 「破戒僧・鋭角」と呼ばれる釣り師の「ねんぶつ釣法」にちょっかいを出す素人

  

 

 世に釣り人と申しますのは無尽に存在するもので御座いまして、それぞれ釣るのは一緒でも、抱える事情と言いますのは千差万別、老若男女から良いのから悪いのまで相整うところで御座います。

 

 

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 以前書き記したところですが、釣り師と言うのは余り私生活には立ち入らぬもので、それぞれ何の職業かは、存外に知らぬもので御座います。まあ知ったところで何の腹の足しにも成りませんし、ましてや釣りにとっては何の役も果さぬ無用のものと成るからです。

  

 

 「破戒僧 鋭角」という人が有って、又えらく仰々しい名で有るところですが、これが今日も無慈悲に魚を釣って参るところでございます。

 

 

 破戒僧と名の付いたのは、あるとき袈裟のように肩からかばんを提げ、身なりもそれなりに荒んで修行僧のようであったところから、密かにささやかれるところであったのです。

鋭角といいますのは、破戒僧から続けて呼びますと何とはなしに語感の収まりがいい、その上頭は禿げておりまして、際立った特徴に頭のてっぺんがかなり激しく尖っております。人より充分な景色から「鋭角」と立派な呼び名の付く事でした。こちらも密かにささやかれたのはゆうまでもありません。

 

 鋭角さんの釣りは特段変わったものではなく、坦々と日がな一日基本を魚にぶつけると言うものですが、他の人と一寸違って打ち返しの時間が少々長い、他よりわずかばかり粘ると言うのが特徴です。これでそこそこ釣果が有るので一定の扱いは受けることだ。

 

 この鋭角さんの職業が姦しく詮索されだしたのはある出来事からだった。

釣りが終わって最後釣り上げた魚を絞めてまいります。鋭角さんこの時小さな声で「南無阿弥陀仏」といったのを聞き及んだ人がいた。

「鋭角の親父、ありゃあひょっとして坊主じゃあないかい? そういうことに成ると、とんだ生臭だ!」

俄然「破戒僧 鋭角」の名が現実味を帯びて参ります。

ここいら辺りから少々間延びをした釣りを称して「ねんぶつ釣法」などと呼ぶようになってまいりまして一家を成す事で御座います。

 

 鋭角の親父については、深いところの詮索などはいたしませんで、深いか浅いか事情のあるところだろうて、仏門の徒であろうとひとたび釣場の衆となりますと、そこは分け隔てのあるところではありません。

鋭角の都合もある所で、かえって周りの取り巻きがあえて触れぬよう気を使うところです。

 

 何処にもおりまして、場の秩序、暗黙の了解などで収まりの付いている美しい場をかき乱す、不届きな輩で御座います。

素人上がりの手馴れたところで釣りをする程度の若い衆、言わいでも良かろうに、ささやかな好奇心にせっつかれたところで・・

 

「鋭角さん、仕事は坊さんな? 浪士さんがそうじゃなかろうかと言うとったで!」

 

馬鹿垂れは有ろう事か、自分をあくまで安全圏において浪士様を表に出して参ります。

こっちが具合の悪い事となります。こんな手合は後刻ねんごろに締め上げてやらねば成りません。

 

 鋭角の親父、余り触れられたくないところであるのか、小声で何やらもごもごとはっきりはいたしません。

 

 日頃、暗黙の秩序で収まりの付いている釣場、そこそこに気遣いのあるところですが、余りにあからさまな言動で波風と気まずい空気・・・

 

 「おい!すまんが持ち帰らぬ魚があったらこの馬鹿垂れにやってくれんか!絞めるところから下処理まで、作法も教えてやってくれ!」

 

 こう呼びかけるところで、馬鹿垂れの前に魚の山。 寄ってたかって「ああしろこうしろ」盛大にその場をごまかして参ります。

 

破戒僧 鋭角の親父、未だ僧職かどうかはっきり分からぬところだ。

 

 

 

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