備後「あこう浪士」  釣り場の周辺

  釣り場は釣り師の巻き起こす喜怒哀楽に満ち満ちて・・・  さて 事件は釣り場の周辺で起こってまいります!

津軽三味線 高橋竹山さんと  釣り師   その1  出合い

 

 

  思い込みというのはどちら様にもある事で御座いまして、大概が現実と大層違う事となって驚いてまいります。

これとよく似たものが勘違いというのもあるところで、こちらは粗忽者が事を急ぐあまり早々と、何の裏づけも無いところで思い込んだりいたしますものですから、大層恥などかいてまいります。

 

 

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  先代の高橋竹山さんとの出会いは35年ばかり前のことでございまして、釣りなどを始めて面白くていけません、そんなところに広島で高橋竹山さんの演奏会があるから渡世の義理で付き合えなどと、かなり人の弱いところを突くお誘いを受けるところです。

 

 覚え始めの釣りはそれはおもしろう御座いました、そりゃああなた目の前に得体の知れぬものが現れて、釣れるもんなら釣ってみろなどと挑発するのですからたまりません。

「世を捨ててこの課題に挑みかかるか」とは、若い粗忽者にとって決心するのに時間は掛かるものではありません。

 

 

 津軽三味線というではないか、高橋竹山さん(以下竹山さん)の名は聞き及んだ事など有って聴いた事は無いが知るところ、さて釣りと天秤にかけたところでそこはそれ渡世の義理が優先して参ります。

 

 さては竹山さん一行、派手に4~50人ばかり並べるところでさぞかし勇壮な津軽三味線だろうと思いきや、所がどっこいこれが一人ときております。

 

 骨太の老人は咳払いの一つをくれて、何やら外国語で語り始めます。

後で聞き及ぶにそれはどうやら「青森弁」と言う言語らしかった。そりゃあ分かる訳が御座いません、にわかの釣り師はこの期に及んで往生際の悪い事、この時点でまだ釣り場に後ろ髪を引かれております。

 

 骨太の老人が湯飲みの水を一口、太棹の音を整えて演奏が始まるともういけません。

 

 ただの三味線だろうと勘違いしておった粗忽で駆け出しの釣り師は、手も無く終演まで翻弄される事となります。感動して背筋が振るえて、いい様に魅入らされるのですから、これはたまりません。

竹山さんの音楽を言葉で評するなど未熟なところでそれは出来るものでは御座いません。

どの様であったのかは、途中で手を合わせる人、涙が流れるのをそのまま頷きながら聴く人、固まったままの人、どれも演者に向かっていて隣を気にする人などおりませなんだ。

 

 

 この演奏会では演奏のほかに驚くことがあって、駆け出しの釣り師は教えられるのです。

演奏の途中太棹の糸が切れてまいります。

何事が起こってどの様になるか会場は息を呑んでまいります。咳き一つ無いところで観客が釘付けに成っております。

袖口から予備の糸を取り出した老人は、糸を口に咥えぬめりをくれるとゆっくり糸を張り替えます。三味の糸で仕事する必殺仕事人の仕草に会場は水を打ったまま静まり返って成り行きを見守っております。

 

張った糸の調子を整える音が聞えると万雷の拍手となって、演奏のほかの出し物に賞賛を送るのです。

 

 

 観客にしたら予期せぬ事だったが、竹山さんにとっては予期するところ、折角の事故なら見せてしまえと思われたに違いありません。そうです見せて魅せて観せてしまえです。

鮮やかなもので事故を見せられた観客はここでも、その手練手管にひねられて参ります。

手練の老人は演奏の合間、場所が広島であったと言う事なのか外国語の合間にはっきりと日本語で

 

 「戦争はいけんど」と叫ばれた。

 

ひときわ大きな声はひときわ大きい拍手に成ったのですが、竹山さんの戦争中の苦労を知る観客は骨の髄まで聞き入れた事だった。

 

 粗忽で駆け出しの釣り師は感動するだけで、この後30数年もの付き合いに成るなどこの時点では思いもしないことだった。

 

 さていけません長くなりました、この続きは後日と言いますところで釣り師と竹山さんのあれやこれや、ねんごろに練って仕込んでまいります。

 

 

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