猪は落ちてきたら保険が降りる
世の必要悪の中に保険と言うものが御座います。有ってもかなり迷惑なものですが無くては困るものでして、大概が事故など生じた場合には大変重宝するものです。
これが平時におきましては金食い虫となって参りまして、随分と邪魔なものと思うので御座いますから保険をかける側からいたしますと手前勝手のわがままになって参ります。
今回は猪と車と言う事ですから、諸兄おなじみの自動車保険ということに成って参ります。災いの数も多いところで、嫌でも保険には入っておかねば危なっかしくてしょうがありません。
保険と言いますのは一つ車だけでは御座いませんで、ありとあらゆるところで社会にはびこっております。
以前飛び込んできた保険会社の営業が言うには、何でも保険の対象にして、その人に合わせたどんな事でも特別注文誂えますなどというのも出てまいるのですから、社会の隅々まで浸透してがん細胞のようにはびこるのです。
保険の変種などと言うのも御座いまして、競馬好きの人など有馬記念の本命はこれだが、もしかしてあの馬が来たら大層な火傷になるから、この馬も保険に買っておこうなどというのもある事で、保険をかけてまいります。
様々保険のあることで「入りたかぁないけど入っておかねば」と小市民が餌食になってやはりはびこっておるので御座います。
市川さんが言うには
「猪が崖から落ちて車の損傷があったら保険は降りますよ、ただし正面からぶつかって壊れた場合は降りません」
と奇怪な事を平然と真顔でのたまうのです。
市川さんは損害保険会社の営業を永くしている人で、代理店の会社に勤めている人だ。
ご主人が解体業を営んで、その会社の会計事務と保険会社の営業の二束のわらじを履いているそうで、それは切れ味のかなり鋭いたくましいお母さんだ。
随分気を回してくれる人で、こちらの都合と経済的に有利に成る提案を、それは忙しく披露してくれるのです。
こちらは保険の専門知識などからっきし興味の無いところで、聞く気が無い覚える気が無いのですから、いいようにしてもらって半ば印鑑を預けたようなものなのです。
あんな事やこんな事があったと話をするようになったのは、ご主人の会社のやり繰りが大変だと言う事から、それはこちらにも身に覚えのあることで随分話が弾んだ時からで、それから普段余り見聞きしないような話を落としてくれるようになったことだ。
以前釣りに行く途中、道の真ん中に跳ねられた大猪に出くわした事が有って人事では御座いません。
「その大きな猪にぶつかってもやられ損ですよ、ただし猪が空から降ってきたら話は違います」
「そりゃああんまりな、川の水が川上に流れる事は有っても、まさか猪が雨なんぞには成らんでしょう」
「猪だって崖の上で足を滑らす事だって有りますからね、世の中絶対はありませんよ」
とまあ奇妙なやり取りの後聞いた事だが、契約の仕方によっては正面の猪とぶつかっても保障がある約定があるらしい。
世の中には奇妙奇天烈な保険の網が張り巡らされて、こんな事は気にもかけない日常が続いている。