備後「あこう浪士」  釣り場の周辺

  釣り場は釣り師の巻き起こす喜怒哀楽に満ち満ちて・・・  さて 事件は釣り場の周辺で起こってまいります!

「庄屋の娘もゆうてみにゃあわからん」それで駄目なら「二度三度」

 

 

  寒い時期と成りますと魚の活性は落ちてきます。ただこの季節をここぞとばかりに動き回る魚もありますから、釣り師は退屈いたしません。

 

 寒いということに成りますといきおい人間の活性も落ちる事と成りまして、釣り人の数も減って参ります。

この時期は余程の好き者か、世間知らずの下手糞の登場と成るわけで御座いまして、前回に続いてまた下手糞が現れる事と成って、世間様のひそやかな笑いを誘うのです。

 

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 「石川や浜の真砂は尽来るとも世に盗人の種は尽くまじ」と かの石川五右衛門先輩が仰るところですが、種が尽きないのは盗人ばかりでは御座いませんで、ひとつ釣り師も例外では御座いません。

水の中の魚を得たいと願うのは大古から人間思うところは同じで、苦心惨憺あの手この手を編み出しては翻弄されて参ります。

 

 なにしろ此れで絶対釣れるという最終兵器はいまだ持ち合わせていないのですから、新手の挑戦者は無尽蔵に湧き出て参ります。寄る年波で古参兵などは退陣いたしましても新人の初年兵、又の名を新人釣り人が「うんか」のごとく沸いて出てまいります。

このうんか押しなべて下手糞なのは言うまでもありませんで高望みの無謀な思惑だけが表にでておりますが、そうたやすくは神様も許すわけはありません。

 

 

 なにやら前置きの長くなったところで登場するのは、またもや下手糞ということで御座いますから、新年早々目出度さも増すということになって参ります。

 

「はばかりながら差し出がましい口を挟むようだが、兄さんちったぁおとなしくして餌を動かさずに置いたらどうだい、そう急がしくっちゃあ、魚が餌を食う暇がなかろうに」

「え!動かすのが誘いじゃあないんですか・・・」

 

この男も何度か顔を見かけたことはあるのですが、いつも一人であまり他人に詮索されたくない様子、大勢の中で籠もっております。そんな具合ですから素性などは分からぬのですが、あまりの惨状に見るに見かねたところで声を掛けてまいります。

 

「あのな、毎回進歩の無いところで踏ん張ってもそりゃぁ糠に釘だ、誰かに教えてもらっとるんかい?」

「いえ、誰にも・・自分で・・」

と言いながら驚くことに、釣場に「いかだのチヌ釣り」と言う本を持ち込んでおります。どうやらこの本を頼りに釣ろうなどと考えたようで、まあなんとも判りやすい下手糞もあったもんです。

 

 釣りの指南書を持ち込んだ奴は以前にも一人有ったのですが、そんな付け焼刃が通用するような甘い場所でも御座いません。本の持ち込みは此れとは別に「燃える柔肌団地妻」というエロ本を密かに持ち込んだ輩が有ったのですが、此れは論外でしてそれより程度は少しばかりましとはいえ、いかにもとって付けた様なのです。

 

「おい、指南書を持ち込んで釣るたぁまた恐ろしい奴も有ったもんだ、誰かに教えてもらうか、ほれ釣場の誰でもいいから聞いたらどうだい」

「いえ、一寸、怖かったもんで・・」

 

 おいおい、確かに人相は悪いがとって食おうなどと思うものはおりません。

 

「あんたさんからしたらそりゃぁ怖かったかもしれんが、教えてくれといわれて断る奴はおらんじゃろう、いいか高嶺の花の庄屋の娘もゆうてみにゃあわからんじゃろう、あるいは~ということが有るかもしれん、駄目でそれであきらめたら庄屋の娘さんとは金輪際他人様のままだ、それで駄目なときゃぁ「二度三度」といってな、何かの弾みで振り向いてくれるかもしれんそういうもんじゃて」

 

「最初に聞かれたらまあ適当に、二度目に聞かれたら熱意に応じて、三度目は本腰入れて教えてくれるもんよ、あんたがほんまに釣りたかったらそうせい」

 

 

 ここいら辺りから下手糞を据え置いて偉そうにするのも越境に入って参りまして、前回の下手糞相手の事など頭から遠の昔に飛んでおります。

 

 

「この釣り本をなぞったところで釣れない事は無いが釣れん」

「・・??」

「良いかい、この二行に渡って餌を撒き餌にに包んで海底に落とし撒き餌が割れるのを待つ、とあるだろう、その通りにやって釣れるわけが無いんじゃ大事な事はこの二行の文字の余白、つまり白い部分に書いてある、どうだい読めるか・・はぁ」

「何も書いてないですが・・・」

 

「下手糞には白く見える確かに文字は見えない、釣り人には二千文字くらいは読める、上級者には一万文字、名人には六法全書のごとく文字が書いてある」

「・・・??」

「針ひとつとっても大きさ、目方、形状,針先の処理、返しの位置形状、その他諸々、とまあその白い部分は文字で埋め尽くされておるからな、行間が読めなきゃぁ釣れない釣りたきゃあ聞けということよ」

 

 いけません、下手糞の素性も持ち帰らせる魚もかまっておる暇は御座いません。何しろ背に腹は替えられぬところで、今日はなんとしてでも釣って帰らねば余白の部分に書いてあるいい訳ももう残り少なくなっている。

 

 

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