はみ出す漁師と細める横ちゃん
魚を獲る獲りたいというのは、大古から人間様々苦心に苦労を重ねたところで色々手段を編み出して参ります。
川を堰って水をかい出す、泳ぐ術無い魚を捕まえる、潮の干満を利用してくぼみから逃げ遅れたのを捕まえる、この辺りが魚を捕まえた最初の手段であったでしょうが、その後はこれでもかというぐらい編み出すものでして、硬軟取り混ぜ姑息なのから乱暴なものまで取り揃えるのでございます。
魚を獲る手段には大まかに分けて、網で獲る・罠を仕掛ける・釣ると言うのに分けられるでしょうか。今ではこれに育てるという養殖の手段まであるところで、養殖はいかに言いましても獲るとはかなりかけ離れたところの手段です。
これら正当な手段のほかには、電気で感電させるとか今では聞きませんがダイナマイトを投げ入れるなど、芸のひとつもないやり方もあったものです。
出来ます事なら知恵比べで勝利をもぎ取りたいところですが、何時の時代にも傍若無人で乱暴なやつは存在するものです。
われらが横ちゃんは様々手段がある中で、底引き網を選んだ若手の漁師だ。
横ちゃんは親御さんが漁師で、世間を知った漁師で無いとこれからはいかんだろうと言う事で、世間に放り出されます。
長らくコーヒー豆や食材の配送をやっておったのですが、気取らぬ性格で親切も一緒に売るのですから、あちこちで可愛がられております。
そうは言いましても世間で御座いますから、時には理不尽な事にも頭を下げねばなりません。旅でもまれる、親御さんの狙いはこの辺りであったのかも知れません。
この頃の横ちゃんは、田舎の顔つきにもどこかしゃきっとした所が有って、時間を気にしながら満面の笑みをあちこち振りまいておりました。
結婚を期にお父さんの漁師を継ぐ事に成ったのですが、この頃にはお兄さんも跡を継いでいて、兄弟二艘の船で瀬戸内海の底をかき回します。
半年ばかりの後、釣り餌の海エビを調達してくれといったところ「たやすいことよ」と明るい声で言います。釣行当日受け取りに参りますとこれが驚いた・・・!
「不足が有ったらいけんけえのぉ」とバケツ一杯の小エビを差し出して、日焼けした顔にやけに目立つ白い歯をニカッと見せ付けるのです。
遠慮など通用する相手ではありません、そこは泣く泣くクーラーに入れて、余ったものは近所に配る事です。
以前もちょいとした相談に乗ってくれたからと「これ喰いにゃあ」と持って来たのは片腕の寸法は有ろうかと言う「ひらめ」落ちているのをひらって来たとはいえ、幾らなんでも持て余すし、買うと成ったら日頃あまり目にすることが無い図柄の紙幣がいるくらいの奴だ、商売もんだろうに・・・・余ったものは近所に配る事です。
親切の押し売りもここまで来ると半ばいじめのようになってまいります。
一寸待っておくんなさいまし、驚いたと言うのはこの事じゃあないんでございまして、こんなこたぁ、彼の性格からしたら当たり前のことで何も驚かないのです。
驚いたのは横ちゃんの顔つきです。
半年あまりのうちに、まったく気を使わぬ生活をして海原に放り出し「喰う・寝る・獲る」を繰り返すと人間をこうも短期間に変えるのかと言う事です。
田舎者の顔つきでも、陸に有る時は多少の気遣いなど有って、痩せた身体に精悍さが少しは宿っておったものですが、体つきはふっくらしてその顔つきは何の気苦労も無くまさに野生児なのですから、境遇を推し量ったところで羨ましいのです。
憑き物が落ちて、半ば呆けたような顔には気鬱など一点も伺えません。
「もおいけんで・・会社ぁ懲り懲りよのぉ」
と言っていた横ちゃんと昨年の暮れ久しぶりに会います。
「いけんので・・魚が獲れんで、その上安うなって、今年あいけんので」
「やって行かにゃあいけんけぇ、網の目を小そうして小さいんまでのぉ・・」
「せえでも岩瀬の爺さんみたいにゃぁはみ出しとらんけえのぉ」
「はみ出すたぁどういうことなら?」
「岸から500Mは魚を育てる場所で、底引きはいけんのよ、あの爺さん夜無灯火で漕いどるんじゃ、いけまあで」
あんたら分らぬでもないが・・どっちもどっち・・・目くそ鼻くそ・・
嫌々いかん、下手に同情して気持ち良くでもさせて、大量の魚を押し付けられたんではたまらん・・
ここは急用を思い出した。