備後「あこう浪士」  釣り場の周辺

  釣り場は釣り師の巻き起こす喜怒哀楽に満ち満ちて・・・  さて 事件は釣り場の周辺で起こってまいります!

釣り場に「浪曲子守唄」と「みつばちハッチ」が流れるとき

 

 

          「おめでとうございます」

 「見事大物を釣り上げられた吉田屋さんの栄誉をたたえ家紋の掲揚と家歌の斉唱を行います」

             一同起立!

 

         吉田屋さん張り切ってどうぞ!

 

「有難う御座います、我が家の家紋は誤算の切ではなく、(伍三の桐)であります。家歌は(浪曲子守歌)です。お耳汚しのところ誠に僭越ながら心を込めて歌わせていただきます」

 

 

 

      逃げた女房にゃ未練はないが

        お乳欲しがる

       この子が可愛い・・と・・

 

 「それにしても今日はしけとるのお、全体でこれ一匹かい・・!」

 

 

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 この地方、燧灘は海水が下関と大阪両面から流れ込む地とあって、水温が上がるのが遅いところです。

黒鯛の乗っ込みが始まる頃なのですがまだ姿が見えず、明石さんが今日ようやく待望の一匹を釣りあげました。

 

 全体でもってこの一匹なので おして知るべし、他の連中は集中力が切れて腹立ちまぎれのところ、明石さんが一匹を釣り上げたのをいいことに、やっかみ半分が相まってほかの遊びを思いついてまいったのです。

 

 なあに 気兼ねなどいりません、ここにはお互い気心が知れた人しかおりませんし、陸からは遠く離れた海の上、治外法権が思いっきり効いた流刑地のようなものだ。

 

 

 「あの、吉田屋さんじゃ言われましたが・・あの方はどう見ても明石さんですが・・養子の先を追い出されでもしたんですか・・え?」

 

 若い釣り師のあんちゃんがそういうのも無理からぬところ、明石さんは吉田屋なんです。洒落たところで釣り師の芸名ではありません。

 

れっきとした伝統と歴史に裏打ちされた名前なんですから、理屈がわからぬ若造にはちと理解が難しい。

 

 

 浪 「あのなあ、明石さんは昔から吉田屋ゆうてどっちを使うてもええんじゃ、屋号ゆうてな愛称みたいな別称があったんじゃ、それで明石さんは吉田屋ゆうわけ」

 

 浪 「あんちゃん、あんた方も屋号が有ろうが・・?」

 

 「そがあな物はありゃあせんです、何ですかいのう」

 

 親父さんは転勤族でこちらに家を構えたのはいいが先祖はどうも関東の方らしい。

関東に屋号が有るのか無いのか知らないが・・・

 

他の釣り師に聞いても若いのはてんで話にならないし、歳を食ったのにしても半数は知らないのですから、ほかの言語を操るぐらい通じない。

 

 「浪士の家には有るんかい?」

 

 浪 「かろうじて有るんじゃが、うちの息子あたりになると知らんだろうな」

 浪 「うちの屋号は(中)言うんじゃ」 「田舎じゃあ誰も本名で呼ぶ者はおらんでのう、どうしてかというとこれがよう判らん、どがいな事になっとたんかいのお」

 

  そうこうのうちに、おやまあ ひとり話に入らなかった釣り師に待望の二匹目が釣れてまいります。

 

 

 こうなりますと、浪曲子守歌はもちろん、屋号が有る者無い者、若い衆も年寄りもこうしてはいられません。

世間様の目が届きにくいことをいいことに、決して女子供には見せられない醜態を演じていた釣り師も蜘蛛の子を散らすように霧散してまいります。

 

時合(魚が釣れ始める時が来ること)到来です。

 

 ひとり話に入らず、二匹目を釣り上げた釣り師は

 

年恰好からすると、丁度思い入れがあるんでしょう

 

「わしゃあ(みつばちハッチ)歌おうか?」  「歌おうか?」

 

 

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