石田配達営業マンは目にパンダマークの黒いふちが・・・
春めいた頃より春が本番ともなりますと、釣り師は、がぜん活発にうごめきだしますもので、これがあの体たらくをかこった同じ人物かと見まがうばかりの働きぶりですから、死に体だとばかり思って棒切れで無造作につつくと、がぜんかみつきますから注意が必要でございます。
春と言いますのは、釣り師のみならず生きとし生けるものみな活動的になり、なおかつ繁殖活動にも精を出すこととなってまいります。
人様というのは様々なところですが、どちらさんも恋の病で上の空、心ここにあらずということは経験するところでございます。
発情期とでも申しましょうか、心ここにあらずの石田配達営業マンというのも人生二度目の発情期を迎えて、今日も仕事は二の次、いい加減な仕事を楽しんでおるのです。
石田営業マンは半ば会社を食い物にするといったほうがいいぐらいの、いわばブラック社員とでもいうべき人物で、社業には適当にしか力を入れませんし、あまり頼りにならない、物憂げな御用聞きなのです。
この人物、最初の結婚が入り婿の冷や飯喰いで、自身 次男坊であったことから独身生活もいろいろと不便だし、結婚でもするかぐらいの思い付き結婚でございます。
力の入らない物憂げなところは私生活でもその通りでございいまして、じきに家族から少々疎まれる存在に。
そんなこんなで結婚生活は続いておりましたところ、何とか子供も生まれその家の相続体制、子孫存続体制が一応整ってまいります。
こうなりますと石田営業マンはもはや半ば不要なものに。これはよほど稼ぎがあって甲斐性のほどが見せられれば良かったのですが・・・
そんなでもある日のこと一杯機嫌でさあ寝るか、夫婦で二階の寝室に向かいます。
春を少し過ぎ、すでに繁殖期に入っておりますので、乙な気分になるのに時間はかかりません。
二階にあがる階段を奥さんを先に上がっております。石田営業マンの目の前には奥さんの丸いお尻が。
石田営業マンの眼鏡の奥が・・・・・・キラリ・・
右手が奥さんの丸い尻をなぞった‥その時・・・
ものの見事というしかない、奥さんの右ストレートが石田営業マンの左目に炸裂・・!
このことが有って暫くの後離婚、左目に奇麗なパンダマーク間残っていたのは言うまでもありません。
それは見事というしかない出来栄えで、人はみなその見事さを暫くは口端に上らせるのでした。
離婚いたしましてから一念発起、其れでも趣味を持ちまして自転車を漕ぐことになってまいりました。
何がうれしくてしんどい事が嬉しいのか、出来ることならオートバイにしたらという忠告には耳を貸さず、ひたすら自転車を漕いでまいります。
「昨日は大山まで行って一周してきたんです」
「ほう~それはそれは大変じゃったなあ」
「昨日はしまなみの自転車道を四国まで行ってきたんです」
「ほう~それはご苦労なこった」
「昨日は三瓶山に行ってきました」
「はあ~自転車でのお~ 大したもんじゃ」
「・・!・・?・・・」
福山から大山まで自転車で行って一周して来るなどそれは大したことです。
福山からしまなみ海道を四国まで渡って帰ってくる、大したことです。
福山から三瓶山まで‥人間業ではございません。
聞きただしたのです、あれだけの自転車を乗りこなす離れ業、とても今までの石田営業マンとは思えないのです。
「あんたあ大したもんだ、あれだけの距離を日帰りとはとっても人間業とは思えない、さては伊賀の忍者か、オリンピック選手の末裔か?」
「へへへ・・へへ・・」
どうにもおかしい、どう考えてもあの石田営業マンがこの離れ業をこなすわけがない。
というわけで、ひつこく尋問いたしたところ遂に吐いたのです。
「途中まで車で行って、そこから自転車を組み立てて一周するんです」
と、種明かしをしたんです。
これなら至極当たり前に納得です。
「奴はずるをしていたのです、ずる漕ぎ自転車を操っていたなんざあ聞かねばわかりません」
そんなずる漕ぎ自転車の石田営業マンにも二回目の春、つまりお見合いをして結婚を前提の清い交際の話がまとまりまして、抑えようにもこらえきれない薄ら笑いをする羽目になってまいりました。
石田営業マンのずる漕ぎ体質がうまく受け入れられて、目のふちにパンダマークが付かないことを期待はしているのです。