自動車時計博物館の館長とタコ
どうした弾みである事か、おのおの方それぞれ趣向などある事で御座いまして、好みの程も違ってくるので御座います。
好みなどと申しますのは、自分が好きだから相手も好きだろうと思い込みましても擦れ違うだけですから、交わりません。
それが分かりましても、何でこれがいいのかと成って参りますから、他人様の好みなど怪訝な顔つきで眺める事となるので御座います。
福山時計自動車博物館と言うのがありまして、字面通り古い時計や車を展示しております。博物館などと申しますのは役目を終わって今は希少なものと成った、いわば死骸を展示するようなもので御座いまして、その道が大層お好きな方にとっては正に 宝の山、垂唾物と言う事になるのですが興味を持たぬものにとっては、ただのガラクタ最終集積地で何の感慨もございません。
この博物館の館長に能宗さんと言う大家さんが有って、大家さんと言いますのも10棟ばかりのマンションに600世帯だかの店子と言う事ですから、大層な数で御座います。経営母体はこれで博物館は行きがけの駄賃、あくまで余興と言う事に成って参ります。
この御仁が大層タコが好きと来ておりまして、寿司屋さんなどに参ります。一度同席いたしましたところ大将に「頼む!」と言います。
そこは寿司屋の大将心得たところで、大店の旦那衆ですから多くは言わせません、まず何をおいてもタコの寿司十貫ばっかりでんと出します、これを味わうと言うより流し込んで参りますのが大家さんということに成ります。
少しは味わうということをいたしませんと、まさしく味気ないのですからちったぁ味わえと思うのですが、「タコは内海のもんでないと、噛んでも味がでん」と言うのですからどこかで味わってはいるのでしょう。
「今日はいいネタ有る・・!」
「アナゴに太刀・・変わったところでがしら」
「じゃあタコ頂戴・・!」
と何処までもタコ一辺倒、潔の良い偏りようなのです。
「おい古漬持って来たで」こういって入ってきた大家さんはこちらの弱みに付け込んでまいります。あわよくばタコに変わればなどと下心は見え透いておりますから、たまには物々交換に応じなければ成りません。
この古漬が類煩に現れるようになりますとタコもさることながら、選挙で御座います。頼みごとか選挙の手伝いを暗に強要するので御座います。
大家さんが歩いた後は草も生えぬと、お金を握りこむのですが、こと選挙と成りますとかなりの大枚をはたいて参ります。それも決まって弱いほうにです。そして金も口も出すと言う事に成るのです。
弱いほうにしますと金も行動力も手に入るのですから願ったりかなったりなのですが、そこは弱いほうはやはり弱いのですから、いまだ当選したなどとは聞いたことがありません。
この大家さんが新しくマンションを建ててまいります。大概の現場は建築会社が地元対策をするのですが、大家さんは自分でやります。その地元対策とは建築を計画しますとまず2千円ばかりの法事の弁当を仕入れます。
「余りもんで失礼ですが人助けじゃ思うて食べてください」と近隣に配って参ります。
後はマンションは建つばかりとなるのだそうだ。
千円じゃあ子供だまし、5千円じゃあ警戒される、日頃より一寸贅沢な弁当が頃合で、「人間食べたら弱いもんでなあ・・」
なかなかの手練手管なのだが、八本足のタコ好きなだけに
やはり一筋縄ではいかない・・・!