アイムソーリー・ヒゲソーリー
「アイムソーリー・ ヒゲソーリー・あべそーりー」
「あははは・・・・」
「まだ言えるんで、なんぼでも言えるんで」
「アーメン・ソーメン・・冷やソーメン」
よしゃあいいのに面白くもなんともない駄洒落を、爺さんは吐き続けた。
そんな安土桃山時代に流行ったような駄洒落を後生大事そうに抱え込んで、隙あらば吐いてやろうと待ち構えていたような吐き方するのは、点滴中に看護婦さんの歓心を買おうと必死になっている爺だ。
周りは悪い薬を飲み間違えた爺さんが駄洒落を吐き終わるのを、嵐が過ぎるのを待っている。 これは入院公害の新手の品種に違いない。
相手は年寄りのことで、いくばくかの尊敬の念を持たねばなるまいから、逃げようもないこちらにとっては性質の悪いことだ。
癌が見つかって入院する羽目に至ったのだが、抗癌剤と放射線治療で気力・体力を奪われて、もはや生ける屍状態になった時期、点滴中なので動くに動けずしょうもない駄洒落に耐えるのは結構つらい。
目の前のうるさいハエを追うにも追えない状態で追うようなものなのです。
「浪士さんはハイテクで固めちゃったんじゃね」
看護婦さんはノートパソコンを持ち込み、ネットに繋いだのをそう言ったのだが、現代の入院患者にネットに繫ぐ人が不思議といなかったのでかなり目立った。
スマホの人ばかりだったのかもしれない。
入院中にブログを読み返して、記事に手を入れてと思ってはいたのだが、治療は体力気力を奪ったうえ、物を書くなど意欲のかけらもわいてこぬほど痛めつけられた。
闘病中は「コンバット」150話あたり、「座頭市」おそらく全話、「寅さん」40数話を観たぐらいでこれという動きはありませんでした。
ただひたすら知性のかけらもないような、惰性で過ごす時間のこれはまた長い。
闘病中は病院内で数面白いことが有ったのですが、ブログを書いていることが知れて何人かの読者がいらっしゃることから、差しさわりの数あるところ、あまり多くは書けない。
ソーリー爺は駄洒落の類をどこかで仕入れてため込んでいたと見えて、次から次と繰り出してみるものの、最初はみな付き合い程度には相手をしていたところだが、次第にうるさがられる。
そうするとソーリー爺は余計むきになってこれでもかと繰り出してまいります。
よほど今までは発表の場所がなかったに違いない。
爺の身寄りは娘さん二人らしく、爺が何度か連絡をしてようやく病院に来てくれる始末で、かなり突き放した親子関係を世間にさらしております。
爺さんは他の病院からの転院で、非行の数々で病院を追い出されてはようやく瀕死の状態で同じ病院で枕を並べることになったらしい。
暫くの後、爺さんは食い物がのどに詰まったのか、、器官から肺に入ったのかで肺炎を起こす。
点滴だけで食い物を与えられずで、可哀想に3日ほど、飢える羽目に。
「ひもじいよう・・なんか食いたいよう・・」
「わしの食事はまだ・・だめなんかのお・・」
「腹がへった~・・」
「アイムソーリー・・・・」とやった勢いはどこへやら、ひたすら食い物を乞うのですから、迷惑に思っていたものの最後は可哀想にになってまいります。
そのうち爺は荷物の中にあった駄菓子を我慢しきれぬところで口に入れます。
病状はさらに悪化して、「今度言いつけを守らなければ強制退院ですからね」と引導を渡される羽目に。
「ひもじいよ・・なんか食いたいよ・・」
の声はさらに小さく切実になってまいります。
爺、なにを思ったか、そのうち隠し持った煙草を病室で吸ったところを、現行犯逮捕、看護婦さんに見つかって、ベッドから引きはがされるようにして消え去ってしまいました。
騒々しくもあり可愛そうでもあり、とんでもないことをやらかす爺ではあったのですが、自由奔放に勝手気ままを通すやりくちは、おや 釣り師がやってきたことによく似ているではないか。
よし、病院を出たらより傍若無人の釣りを展開してやろうと、算段を巡らし始めた。