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備後「あこう浪士」  釣り場の周辺

  釣り場は釣り師の巻き起こす喜怒哀楽に満ち満ちて・・・  さて 事件は釣り場の周辺で起こってまいります!

魚を釣ったんですが・・・私はどうしたらいいのでしょう!

 

 

 すっかり冬の様相が街中にも山にも海にも充満している事でして、釣り師も着込んでまるで雪ダルマがすすで汚れたような格好に成るので御座います。

 

お世辞にも見られたものでは御座いませんで、何処に出しても恥ずかしい格好といいますのは、やはり海上に隔離するのが落とし所となって参ります。

 

 

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 この季節の釣り物といいますのは、この辺りではメバルが中心になって参りまして、それぞれ満を辞した専門の釣り師が、はやる気持ちを押し隠してさも平然と振舞って参るのですから、心根が分かるだけにどこか可愛いのです。

 

 釣る魚によって姿かたちから動作所作が違って参りますから、メバル狙いの集団など押し寄せる事となりますとそれはかなり躍動感が漂って参ります。

 

メバルは足で釣れ」などと申しまして、群れで移動して条件によっては海底から海面近くまで生息するのですから、それは浅ましく動き回って釣らねば成らぬ事です。

 

 立神さんという人が有って、本来この人は黒鯛(チヌ)の落とし込みという釣りを長年続けた人だ。

 落とし込みという釣りは堤防などの壁際を餌をゆらりゆらりと落とし込んでいって、さも壁から餌が剥離して落ち込んでいく様を演出して釣る釣り方なのですが、立神さんは保険の代理店をされている関係で、いつ呼び出しが掛かるか分からない。いきおい島に渡るとか船で沖に出るとかが出来ない、そこで堤防さえあれば何処でも竿出しが出来る落とし込みなら好都合と言うもので長年続けたところだ。

 

 この方がメバルに目覚めたのは釣りの最中に餌が切れた、近くの釣り人から小エビを貰って落とし込んだところメバルが釣れて目覚めた・・・。

 

立神さんは黒鯛を釣っても逃がすかあげるかの人で、食べるのは好みの合わぬ魚でした。所がメバルと成りますと話は違って美味しく食べて参りまして、これから足蹴く狙う事と成って参ります。

 

 彼は徹底して効率の人で細身の身体に必要な道具やえさ箱を巻きつけ、成りも着膨れなどしておりませんで動きやすい締まった服装です。

仕掛けなども時分で作りますし、それが間に合わない時には市販のものを少しばかり細工して使っております。その場合本来メバルの針はひねりなど無いのですが、丁重に一本ずつひねりをくれて掛かった魚の針掛かりを良くしております。

 

 この様なのが眼光鋭く息をつめて釣り歩くのですから、メバルの逃げ場など何処にも有りはしません。

 

 目覚めると言うのは目出度い事でも有りますが、世間様にとってはご迷惑と成る場合や、あたら軋轢を呼ぶものでも有ります。

立神さんは目覚めたがゆえに釣りに行きたくてたまりません。専業主婦だった奥さんに事務所に出てもらって、仕事にかこつけては釣り歩いておりました。

かの性格や取り組みですから釣れぬわけがありません。しかしこの場合釣ったのは良いが持ち帰るわけには参りません。

何しろ仕事で出向いた事になっているのですから・・・・

 

 行き場を失った哀れメバルは困り果てた挙句、知人友人まったく他人と言う風にちりばめられてまいります。

 

メバルは立派にその美味しさで仕事をして参るのですが、いい仕事をしたばっかりに御礼の山と成って参ります。

 

本人にも御礼は行くのですが、事務所の奥さんにも直接やら電話などで御礼が行きます。この辺りから事情が分からぬ奥さんの雲行きなど変わるのに時間は掛かりません。あっという間にお白州に引き出された立神さんの前には、不品行の証拠に成るであろう御礼の人、日時、仕事と称して出かけた日時の一覧表を前に、「いつ何処で何をどうした」かと問い詰められます。

 

 「立神さん、今日はどういう言い訳で釣りに来たんだい・・?」

と問いかけますと、丹精な顔を少しばかりゆがめて苦笑いだけの立神さんは、それは苦笑いばかりの事だ。

 

 今日釣ったメバルはどう処理する積りだろうか・・・・・

 

 

 

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