中村紘子さんの調律師から教わった釣りの着衣
もうそよぐ風といいますものが表情を変えておりますので、秋の心構えと言う事に成って参ります。
こちらでは台風一過でも有りますから、仕切りの直しに具合の程がよろしいもので御座います。
先日釣り人のカラフルな原色系のウエアについて書いたのですが、浪士様がなにも派手な着衣で釣れるわけでも有るまい、といっているように受け止める人が有りまして、
その人曰く遭難事故が発生した時など発見しやすく成る為、できる限り目立つ必要が有るのだと御教示いただいた。
なるほどそれは一理あることで合理的なことです。自然の中では危険がいっぱいで万難を排して事に備えると言う事は立派な事であります。
確かに浪士様もお考えに成ったのです。ドブねずみ色した土座衛門になって、波間に揺らぐなんざぁお世辞にも上品とはいえません。
出来る事ならきらびやかに浮かびたいものだと思われたのですが、そこはドブねずみであり続ける訳があったのです。
若かりし頃釣りは覚え立ての頃で御座います。初心者の段階ですから課題など面白いように克服できますからたまりません。夢中で大海に仕掛けを投げ込んでおります。
その頃でありました、瀟洒な友人がおりまして中村紘子さんの演奏会がある、ついては関係者の手不足に付き出頭してその任に当たれということでした。
渡世の義理も有りました事から出頭して手伝ったのですが、そこで見たものは・・・
何度か御座いました、このような手伝いをいたしました事が。
それまでピアノの演奏会と言えば地元のかなり高名な調律師が整った装いに蝶ネクタイ、それは気取った風でこれ見よがしに調律したもので御座います。特殊技能者のプライドと存在感を素人に押し付けるようにです。
それが今回は趣が大層違ってまいります。ヤマハの工場から来たと言うその調律師は何処から見ても普通のおじさん、出で立ちは作業用の帽子に作業服、いたって普通過ぎるのです。
おじさんは事も無げに無造作に仕事を済ますと、いつの間にか消えてまいります。まるで毎日顔を洗うかのごとくに淡白で鮮やかな仕事ぶりだったのです。これ見よがしの事などかけらもございません。
中村紘子さんの演奏会はどうだったのかですって? はあ、平穏無事に終わりましたよ、綺麗な人でした。御免なさいね、作業服のおじさんのインパクトがあまりにも強かったので他には何んの記憶も御座いません。
「 普通の格好でとんでもない事を平然とやる。技術をひけらかさない。」
おじさんから教わったことは、それから浪士様の行動の規範に成りました。これが釣り師であり、仕事師であり、男である事の美学だと思いっきり思い込んだのですから揺るぎなどはありません。
それからです、釣り場でそれらしい格好をした釣り師や、やたら講釈の塊、頭にちょんまげを結った釣り師の追い落としに走ったのは。まあここいらが解釈の未熟な事でありますが、釣技の向上には役立ったことです。ではどの様な格好が理想に成るかですが、理想は百姓一揆に集う百召衆の勝負服というところでしょうか。
大人気ない事の繰り返しでここまで来てしまいましたが、ゆるぎなく思うことが有ります。 それは・・・・
「土座衛門はやっぱりドブねずみ色に限る」